2017年7月29日土曜日

自分さん13 すべての感情は快楽なのだ。そこに気づきなさい。



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358 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4cFYjsMb
今夜はとっておきの「秘密」をお伝えしようか。
これはまさに奥義である。

あなたの感情はなんと、あなたの中にすべてあるのだ。

つまり嫌な上司に苛立ったとする。
あなたは上司から苛立ちを与えられたと感じている。

違うのだ。
あなたの中の多彩な無限の生み出す力により そのいらだちは最初からあったのだ。
上司との出会い、交わした瞬間により あなたはそれを自ら生み出した。
というより、出て来れる切っ掛けが出来たのだ。

以前にも書いたが、あなたがいまサッカーに興味があり
5年後にはサッカーに飽き、テニスに興味があり、
いずれテニスに飽き、その後はラジコンに興味が出たとき
それら興味の対象がなんであれ、あなたの中のワクワク感は同じものである。
つまり対象など必要ないのだ。あなたの中の感情が起こされる切っ掛けがほしいだけなのだ。

あなたの中にすべてある。

ではあなたが好ましいと感じる、いわゆるポジティブな感情を
自在に引き出せるようになれば、あなたは常に幸福の絶頂にいるだろう。
もちろん「趣味」といわれる外的要素など、なんの意味もないことに気付く。幻を見破っている。

あなたは何もせずとも、常にワクワクしているのだ。根拠という理由は必要ない。
さらに普段ネガティブと感じていた出来事に遭遇しても、それをワクワクが引き出される
トリガーにすることも容易なのである。

すべてあなたの中にあるのだ。高級外車も最高の異性も、リッチな暮らしも、
すべてあなたは持っているのだ。
その意味を今夜は解説していこう。


359 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4cFYjsMb
高級外車が欲しいとして、それはどんな感情なのだろう?
最高の異性との永遠や切望する最高の暮らしが叶ったとして、それはどんな感情なのだろう。
その感情を仮に「A」とする。

前述したとおり、「A」はあなたが生み出す物だ。
外的要素は単にあなたの中にあるものを発生させる切っ掛けを与えるに過ぎない。
では高級外車も最高の異性も暮らしも、何の力もないことがわかる。
実際それらを手にしても、いずれ喪失への恐怖、飽き、さらなる渇望などの苦しみが生まれるだろう。
なぜならば、ただの「きっかけイベント」でしかないからだ。

ということは、あなたが自在に「A」を生み出すことができれば
結果的に、高級外車や最高の異性や暮らしを得ていることと同じ境地に立っていることになる。

さらに凄いことがわかってくる。
あなたの外部にあるすべてのものは、あなたの感情を起こす「きっかけイベント」なので
目の前のタンスも椅子も、鉛筆もテレビも通り過ぎる人々も雑誌の流行アイテムも
それらが何の力も持たない、つまり、それらは「ない」のだ。

なぜならば、あなたが何かを見たとき、触れたとき、聞いたとき
かならず心の中で何かが生み出されている。
その生み出した「それ」こそが、あなたが見た、触れた、聞いた、「それ」なのだ。

あなたが椅子に見えている、私はそれが鉛筆に見えているのだ。
実在は「それ」というコードがあるだけで
その解釈はあなたの中の翻訳機が行っている。

つまり「感情」があなたの世界を形成しているのだ。とてもリアルな話である。
すべて「A」にすればよい。


360 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4cFYjsMb
物や出来事を認識する。
認識とは何か、それは感情である。

感情は波動である。
目では見えない。数値で表すこともできない。
内臓器官でもないが、あなたの中にある。常に生まれ、そして消えていく。

単に固いや冷たいを認識する小さな感情から
体を蝕むほどの病気を生む大きな感情まで
あなたは感情発生装置である。

感情に思考が含まれると、「苦」になる。
つまり冷たいものを感知したとき、
頭の思考で「うわ、冷たい物を触ってしまった!!凍傷になったらどうしよう!?これはまずい」
と妄想、つまり幻に幻を与えていく。
正直、これが必要ないものだ。

ただ感情だけでよい。それを思考につなげない。
感情を感知したその瞬間、昨夜も書いたが、あなたは快楽を得ている。
感じることのエクスタシーを得ているのだ。

だが、過去の経験や知識、自分を取り巻いていると思い込んでいる思考などで
その「エクスタシー」を途端に忘れ、妄想に走り出す。

すべて快楽なのだ。そこに気付きなさい。
先のレスでは、すべて「A」にしなさい、と書いたが
無理にAにするのではなく、そのエクスタシーの瞬間だけを捉えなさい。
すれば、すべて「A」になる。あなたの世界は極楽モードに切り替わる。



361 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4cFYjsMb
メソッドを伝授しよう。私のオリジナルだ。

上司に嫌みを言われる、支払いの不安を感じる、異性に相手にされないなど
心で何かを感知したとき、「嗚呼、快楽~ エクスタシー」と心の中で常に唱えよ。
感知した瞬間が大切だ。

この呪文を唱えれば、その後になぜかいつも繋がっていく、思考の迷路に迷い込まない。
メソッドが習慣化してくれば、感知する瞬間のさらにド頭部分を捉えることができる。
そこまでくれば、呪文すら唱える必要もない。ただ快楽があるだけだ。

ネガティブもポジティブもない。ただエクスタシーがあるだけだ。
ネガやポジは、実は感知した後に思考が勝手に付けていただけのことであると
すぐに理解できる。

何を感知しても

「嗚呼、快楽~ エクスタシー」だ。


362 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4cFYjsMb
すべてに感謝をしなさい。
すべてはあなたの中にある「感情」を生み出す切っ掛けの役割を持っている。
ただそれらに頼ってはいけない。
それは自分を外部に同一化することになる。永遠のゴールのない苦行が待っている。

あなたの頭の中のおしゃべり。
にぎやかな通りを歩けば、どれだけあなたの頭の中はおしゃべりを続ける?

おしゃべり=思考である。
思考のきっかけは、感情である。
感情は、あなたの中で生み出されるエクスタシー物質だ。

エクスタシーが発生した時点で感じきれば、その後の思考に繋がらない。

あなたが通りにぎやかな通りを歩けば、
エクスタシーを感じる切っ掛けが山ほど出てくる。
常に幸福、至福のまっただ中だ。

387 :エゴの申し子:2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:Ay1r+UvK
自分さんの事すごく解るんだけどさ。
でもさ...、この考え方、サラリーマンしてたら無理だよね?
それもスパっと諦めれたらいいんだけど。

そしてひとつ、ひっかかるのが目的も趣味も諦めるなら、達観する前に鬱になりそうだ...。
一応、目標もって頑張れば失敗しても教訓として残るし、何より後悔しなくてすむ。
死ぬ間際、もしあれを死ぬ気でやってれば自分はああなってたかも...てのが
願望を叶えられなかった悔しさより遥かに悔しいと思うんだな。
それまでに自分さん程、達観できればいいけど。



388 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:uS+0Jmec
>>387
ふふふ。あなたは奥底ではわかっているのだろう。
つまり、その引っかかっているものを捨て去ればよい。

捨て去り、その後あなたの人生にどのような展開を見せても
それはそういうものなのだ。

あなたは「あのとき捨てたから、今があるんだ。」それが理解できるだろう。

つまり、あなたは「結果」に守られている。
あなたの大いなる自分、神、本来の自分、それはつまり結果の自分である。
以前にも書いたが未来から今を見据えなさい。
そうすれば、未来も今も過去も分け隔てるものの境界が消えていく。

サラリーマンで妻子を抱えて四苦八苦した生活を送っているのならば、
なぜ四苦八苦しているのだ?
それをやめてもいいし、続けてもいい。
あなたには、いわゆる「結果」があなたを守ってくれている。
それに気付きなさい。

20年前の少年時代を思い出しなさい。
受験やら進路やら、日常の出来事に対して悩みも不安もあっただろう。
何かを目指していただろう。
だが決して成功をおさめる必要などなかったと
いま、そこにいるあなたは知っている。

いまのあなたは、少年のあなたにとって「全知の神」である。


390 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:uS+0Jmec
>>389
パラレルワールドなど称される話のことだな。
そんなものはない。

あなたが進んだいまその場所がすべてだ。
あなたがそれ以外を選ぶことは、ありえない。
なぜなら、いまそこにいるからだ。


392 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:uS+0Jmec
一体どれだけの奇跡を起こしながら、
あなたはそこにいるのだろうか。

いまそこにいるのは、度重なる偶然の出来事の繰り返しだろう。
決断した判断により、たまたまそこまで行き着いたのだろう。

大きな抽象視野で見れば、つまり結果から見れば
奇跡も偶然もなく、必然だったことがわかる。

あなたが、7年と3ヶ月13日前の午後18時21分に、
あの道を歩き、名前も知らないおばさんとすれ違ったという出来事も
必然だったのだよ。

それら必然があるから、いまのあなたがそこにいる。

私の話、そして数あるスピリチュアル、仏教などは
あなた方が「当たり前」と思い込んでいるすべてを
ひっくり返すところからスタートする。

そうして初めて「気付く」のだ。


394 :エゴの申し子:2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:Ay1r+UvK
>>388 
我はエゴの申し子なので失礼があれば申し訳ないので先に謝罪しておく。ごめんなさい。
未来から見据えるは納得だ。しかしそれは目的とどう違うんだ?
仮に幸せな家庭を夢みたとしよう。

その結果を想像すると、やるべき事、やった方がいいことは自然に見えてくる。
後は困難だが、実行に移すだけだ。結果を強く想像すると体が協力して勝手に動いてくれることもある。

あのとき捨てたから今が在る。それは逆にあの時、頑張りまくったから今が在るともいえる。
例えば、簡単とはいえない試験に受かったような時。実務や金銭面じゃ
全く役に立たなかったとしても「自信」という何より得難いものをえる。

こいつだけは言葉で言い聞かせるより一回きりでもいいから
頑張りまくって結果をだしたほうが圧倒的に早い。
役に立たない資格と違い、その「自信」は何にでも役に立ってくれる。
いわば人生のパスポートだ。

>>少年のあなたにとって「全知の神」だ。

その通りだ。歳をいけば忘れる知識ではなく経験による知恵が得れた。
それは執着もし頑張りまくって失敗し諦めた経験あってこそ、今が在ると思える。
我々は実は対なのではないか???


395 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/03(水) NY:AN:NY.AN ID:yGuXYTJz
>>394
あなたが自ら選び進んできたという「錯覚」を見抜きなさい。
上でも触れたが「度重なる偶然」がいまのあなたを、そこへ運んできた。
だがそれらは偶然ではなく必然である。

あなたが幸せな家庭を夢見るのであれば、そういうあなたがそこにいるだけだ。
あなたが世界に破滅をもたらせたいという思いを持っているならば
そういうあなたがそこにいるだけだ。

それらは、あなたをそこへ運ばせた「それ」が
あなたを形成していることになる。これも以前書いた通りだ。

では、あなたがいま望む「理想の世界」や
あなたが自負している「過去の経験による自信」は
誰が、あなたにそう思わせているのか。

それは過去のあなただ。

例として、昨日までのあなたをいまのあなたとは、別人として捉えてみなさい。
その別人が、今日のあなたに、その知識を教えてきたのだ。
それを鵜呑みにしているあなたが、いまそこにいる。

では実際のところ、あなたとは何なのか。
あなたの理想とはなんなのか。
あなたのこれまでに起こった成功や失敗は、果たして本当に成功や失敗だったのか。

すべては幻である。
あなたは「あなたの人生」という箱庭の中で、勝手に四苦八苦しているだけだ。
そこに答えを求めても、それはあなたが用意した答えがあるだけだ。
問いの時点で答えである。



396 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/03(水) NY:AN:NY.AN ID:yGuXYTJz
あなたの人生は、あなたそのものである。
つまりあなたが疑問を持ち、答えを求めても
あなた基準の納得した答えがやってくるだけである。

私があなたの納得のいかない答えを返したり
あなたに納得の行かない出来事が起こったり、

それらは、あなたにとって「納得のいかない」という存在である。
つまり棄却するだろう。それがあなたにとっての答えだ。

つまり、答えはあなたの中にある。


397 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/03(水) NY:AN:NY.AN ID:yGuXYTJz
言い換えれば、答えなどないのだ。
「答え」という概念を勝手に作っているだけである。

あなたがルールであり、世界である。
あなたがOKとすればOKであり、好きとすれば好きなものなのだ。
すべてあなたの基準である。

前にも書いたが、エベレストに行こうが
深海に潜ろうが、常にあなたは「あなた」といる。

この非常にくだらない、実に単純なシステムに多くの人が気付かない。
すべて、あなたの中のお話なのだよ。この2ちゃんねるの書き込みもね。


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2017年7月22日土曜日

自分さん12 「脱却プロセス」と「世の仕組み」について



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277 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/28(金) 00:32:08.61 ID:6lw0Y4Qf
脱却プロセス

1.今に在る(目の前の出来事しか察知できない野良猫のように在る)
2.その状態を認識してる「それ」に気付く 見たり聞いたりするのを感じてる何かがある(観照者)
3.自分以外のすべて「物」や「他人」「出来事」「におい」などが自分のためだけにあることがわかる。(制覇)
4.つまり世界も人生も、日々起こる出来事も「自分を形成するパーツ」であることがわかる
5. 金持ちや成功者、幸せな夫婦を見ると、それが自分であるとわかる。(ワンネス)
6.従来体験して得られた快楽が「体験をせずに」得られる(簡単に作れる)ことがわかる(無限の豊かさ)
7.あれ?貧乏でも独身でも問題ないじゃん、てことに気付く。世界が自分であり、その世界を生かすことに目がいく。

あなたの世界を救われる方向へ生かしなさい。それがあなたの役割だ。
狂気に満ちた世界にするのも構わないがね。
ただあなたの人生がサイコなサスペンス映画になるだけだ。


278 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/28(金) 00:44:42.91 ID:6lw0Y4Qf
世の仕組み

大きなステージがある。あるがままの物体や出来事がある。
それら物体や出来事にそれぞれ「見え方」を持った個人の世界が人の数だけ点在する。

天気や波のように、周波数を持った「出来事」が常々起こる。
すべて生まれ消え行く。(そのように見えるだけ)
そんな波に漂っているのが個人意識の世界。

※細かく解説すればすべて実体はない。(ミクロ→マクロ)が、ここでは割愛する。

277と併せて、わかりやすく書けばこのような感じが「世界」である。


では、あなたは何をするのか。
苦しんでもいいし、楽しんでもいい。何もしなくてもいい。
ただ世界を味わうだけだ。それ以外にない。
散々味わい尽くして、最期に満足すれば良いだけのこと。

とにかく結果(最期、死、保護ネット)が必ず用意されているので
安心して突き進めば良い。何をしたって良いのだよ、犯罪も挑戦も。
すべてあなたの人生だ。


302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 08:34:00.44 ID:+tYfTuoZ
金を使って物質世界を楽しみたいのに
金がなければ経験できないじゃないか。

悟ってどうするの。

楽しみながら働いて金ができて金を使って楽しむ。
これが本来の自分の役割。
自我も喜ぶ、本来の自分も喜ぶ、それを経験してーンだよ。


306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 14:27:12.50 ID:Umz9lFvO
>>302
本来の自分の目的はこの物質世界に生まれる事じゃないかな。
生まれてから苦しむか楽しむかは自我の自由だと思う。


307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 14:57:27.10 ID:+tYfTuoZ
>>306
そうか、本来の自分がじぶんを作って物質世界という映画を鑑賞しているだけなんだな。
自我というものを作って感情を楽しんでいるんだ。

わかった、そっちがその気なら遠慮はしねー。
金持ちになってヒーハーしたる。
自我を観照して知らんぷりしたる。
酒じゃ酒じゃ酒もってこい。

脱出のためなら~ 自我をもなかす~。♪
古いかw



313 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/30(日) 00:26:45.64 ID:g/ESI5JT
ふふふ、みんなやっとわかってきた感じだね

その通り、やりたいことを「ただやればいい」のだ。
すべてあなたの中のお話だからね。

ひとつヒントをあげよう。
怒りや理不尽、不安などの感情をわき上がらせる出来事、他人の言動などに遭遇したとき
それらの感情が湧いて出る刹那、快楽を感じていることに気付きなさい。

怒り、それは単に怒りたいのだ。
怒りという欲求が満たされたその瞬間、あなたの意識は狂喜している。
ただし、その後の一般的に認識される「怒りの状態」は単に思考の記憶、残像だ。

これは大きな気付きとなるだろう。
つまり、人生、快楽しかないのだ。


346 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
アイデンティティを捨てなさい。
そして、あなたから発する力を世界に与え続けなさい。

アイデンティティ。
つまり、あなたは「俺ってこういう自分」をすべて破棄する。
主義、特技、好きな物、考え方、スタイル、など
それら「あなたを構成するすべて」を破棄するのだ。

意識上の破棄である。
つまりそれらに囚われた選択を今後一切行わないということだ。

例えばあなたが簿記の資格を持っているとする。
求職中ならばとうぜん資格を生かせる仕事を探すだろう。
あなたがギター好きな趣味があるとする。当然、その趣味に応じた時間を作るだろう。
それらは執着である。それらに囚われることにより、あなたの人生の可能性は狭まっていく。

アイデンティティは、無限の可能性に制限を与える。
つまりあなたは、なんだかよくわからない、なにが目的なのかもわからない
どういう理由でそこにいるのかもわからない、ただ存在しているだけ、主義主張もない。
そのようになれということだ。それは解放を意味する。

そのように漂っているだけのあなたが無限の存在である。
なぜならば一切の制約を持たないからだ。どのようにも在ることができる。
主張がないから求めることもない。

逆に、世界へ「あなた」を与え続けることにより、
あなたの世界は素晴らしいものへ変容していくだろう。
自分の主張、主義、こだわりなどを一切捨てなさい。
夢も目標も目的も理想もなにもいらない。そんなものがあるから苦しいのだよ。

何の技を磨き、こだわりの自分を作るということは苦しみである。
単なる自己制限、マゾヒズムだ。


347 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et

幻想に楽しみを見いだせない人生なんてつまらない、
そういう意見がよく出てきている。
だが、あなた方はそれらを求め続けてきた結果
スピリチュアルにすがっているのではないか?
よくわかっているはずだ。

新しい遊びを見つけたとしよう。
いずれ飽きがくる。
その遊びに金や時間をつぎ込んでいれば
あなたはつぎ込んだ見返りを求めるようになる。
求めればアウトだ。

それらは「外部」つまり幻想に
自分を同一化しているから苦しみを生んでいるのだ。
自分ではないものを、自分としようとしている。

自分を生きなさい。あなたの中で本当に喜ばしい状態を見つけなさい。
それは外部への執着ではないはずだ。スキルや理想の自分ではないだろう。
単にいまのあなたが、何となく簡単にできること、それが答えである。

あなたは外部の「何にもなってはいけない」、そして外部に「与え続けなさい」


348 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
ちなみに書いておくが、与えることはモラルの範疇ではない。
例えばダークナイトというバットマンシリーズの映画があるが
登場するジョーカー、彼にはアイデンティティがない。
金を求めるわけでもなく、ただ世界へ混沌を「与え続けている」だけだ。

だがそのおかげでバットマンの存在意義がある。
つまり対の関係である。すべては対。「対でひとつ」だ。
これも覚えておきなさい。

ジョーカーがただ存在しているだけでバットマンが存在できる。
バットマンが存在しているだけでジョーカーが存在できる。

彼らは本来何も求めなくてもいい。(バットマンは求める傾向にあり、それにより苦しんでいるが)
ただ存在して、自ら世界に与えるだけで何かを存在させることができているのだ。

犯罪者がいるから社会が成り立っている。
もし犯罪者の彼らに罪悪感があれば、それは求めているからだ。苦しみだろう。
だが罪悪感のない犯罪者は、ただ自らを全うしているだけだ。
罪悪感のない犯罪者とは、ただ普通に暮らしている我々のことである。


349 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
徹底的にアイデンティティを排除しなさい。そんなもの苦しみしかもたらさない。
アイデンティティを捨てたとき、従来感じていた「自分」が消えるだろう。
当たり前だ。それが怖くて、一生懸命にアイデンティティを築き上げてきたのだろう。
学歴、職業、ポリシー、ファッション、趣味、夢。

だが捨てなさい。
あなたが理想とする楽園は、あなたが思っていることとは、まったく逆だ。
あなたがこれまで信念としてきたこととはまったく逆なのだ。
自分を作り上げるために頑張る必要もない。それをすれば苦しみがある。

我々は二元性の世界に生きている。
だから幻想を見る。
だが二元性の本当の意味は、バットマンとジョーカーのごとく
あなたの存在が他者を生かすということだ。
それは「与えている」ということだ。

ゴキブリがいるからゴキジェットがある。
それどころか、ゴキブリの出ない暮らしを送ろうという意識が生まれる。
つまりゴキブリがいることで、何か多くの物が生まれるのだ。
だから存在しているだけでいい。

世界を加速させたいならば、能動的に与え続ければよいだろう。
そうすればあなたの世界は存在意義に満ちた世界になる。

そこには空虚も退屈もない。
あなただけの楽園が現れる。


350 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
そうすれば自ずと理解できるだろう。
あなたはすべてを手にしていたと。

あなたにとって「何かを得たい」という所有観とはなにか。
境界線はどこにある?
あなたの家の中にそれがあれば、あなたのものなのか?

家の外あってもあなたのものなのだよ。
触れることがすべてではない。
だがあなたのものだ。

スピリチュアルや仏教、聖書に記された数々の言葉、
それらはつまり、意識改革のことだ。
要は、考え方を変えろ、どれもがそう言っている。単純な話である。

問題は頭で理屈を理解しても、実際にそれが
暮らしの中で永続できるのかということだろう。
だが、そのコツが仏教なりキリスト教なり、
クリシュナムルティなり、ラジニーシなりの教えだ。

つまり簡単なことだ。
「自分」を一切作らず、何でもいいから世界に与え続ける。

それだけであなたはすべての苦しみから解放され、世界は楽園となる。
自分を「作らない」ことに徹すれば、自分が消える感覚になるだろう。

あなたこそが世界そのものになる。
すべてはジョークであり、クレイジーであり、セクシーだ。


351 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
最後にもうひとつ。

「得るのは難しいが、捨てるのは簡単。」

これまで作り上げた「あなた」を完全に捨て去りなさい。
そして今日からは「何もないあなた」で世界を生きなさい。
そうすればあなた自体が世界であると、簡単に気付けるだろう。

これまで信じてきたことは全部逆であることを私は教える。
幸せになりたければ、何も目指さないことだ。
世界はあなたである。
世界を制覇しなさい。非常に簡単なことだ。


352 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et

すべてのアイデンティティを捨て去るということは
すべて捨てた「今日のあなた」すらも明日は捨て去るということだ。

捨て去った自分に固執してはならない。
常に捨て続けなさい。あなたはカラだ。つまり「空」だ。

理解の低い者は、この話を現実からの逃げ道として受け取るだろう。
まあそれも良いだろう。

だがあなたの生きている「その現実」の中で
まずは自分の形成している外部要素、その信念、
つまりあなたを一旦捨て去って生きてみなさい。
辛い現実と思っていた世界が、一気に晴れ渡っていることに気付くだろう。


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2017年6月30日金曜日

自分さん11 「絵の中」だけの世界は、時間が存在しない、純粋な瞬間である。



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160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:24:41.96 ID:m2mK8czy
次は絵画の中、である。
絵画や写真とは、その瞬間を描いているように感じる。
つまり時間の止まった状態=時間の存在していない世界である。
だがそれは絵が「無」であるからだ。

しかしその「絵」が例えば、部屋というさらに大きな「無」に飾られておれば
たちまち「絵」は概念と化し、部屋の中の人から見れば
絵は時とともに、風化し、紙自体も劣化していく。
壁に飾っておれば、落として破損しているかもしれない。

だが、純粋に「絵の中」だけの世界は、無である。
どこに意識をフォーカスするかで、物事の捉え方は変わる。

よくスピリチュアル系の教えで言われることが、
仮にあなたが、そこで死体になってみよう。
脳が働かず、ただ「物体」として置いてある感じだ。イメージしてほしい。
すると、その周りの景色を含めた「絵」の中にいることに気付く。
つまり時間が存在しない、純粋な瞬間である。


170 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/22(土) 09:58:19.20 ID:m2mK8czy
さっきの「絵」の話だが、それ自体が空間=無であることは、時間も存在していない。
だからその「無」自体を客観的に観れば、その時点でそれは無ではなくなるが
つまり「絵」のようなものだ。

絵とは不思議である。
そこに描かれている中身にレッテルを貼らずに
それそのものを感じることができる。

瞑想中に度々訪れる、見ているが見ていない状態を表現するならば
「絵」が近いかもしれないな。


247 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/26(水) 23:52:43.29 ID:5JsfCnNB
私といえば、スレッドはたまに目を通しているがちょっと忙しい。
自分をなくすと書いて、忙しい。 まさに無意識状態。
意識的に生きなさい。つねに体を感じながら、意識しながら生活しなさい。

また私は有り難い言葉とともに訪れる。


250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 03:12:30.56 ID:bmoAiCkG
>>自分
意識的とは、自己観照のことではなくて、
単に物事を意識して行なう。 ということでしょうか?



251 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 09:06:05.88 ID:F0ATLRq2
>>250
常に体の動作を意識していると、いわゆる「今に在る」ことが容易にできる。
その状態であれば、それら体の動作を「観ている意識」に気付くことができる。

それは観照者である。

観照者の意識にあれば、行っている動作のすべてが超客観状態である。
つまり足が勝手に動き、そして歩いている。
足を動かしている実感を伴わないから、風景がこちらに迫ってきている
(このあたりの表現は何とでも言い表せる)、 つまり「行為」をしているのは、
「出来事」が起こっているだけであり、自分はただ「観ている」だけなのだ。


254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 12:49:47.37 ID:bmoAiCkG
>>251
理論的なことは良く解かりました。
自分思うに、人は普段、無自覚に明け暮れているわけですが、
これを単に、自覚を持って過ごせば良いだけではないかと思うのですが。
その方が、生活しやすい気がするわけです。

行為(動作、思考、感情、感覚など)の観照に専念すると、
どうしても全力で事に当たれない気がします。
車を運転してて方向を間違えるとか、仕事をミスってしまうとか・・・・・。
肝心な事がおろそかに成るんではと思われます。

ではそれよりも、
行為に専念しながらも、そうしている事に気づいているなら、
これもまた、「今に在る」ことではないのでしょうか?
こちらの方が現実生活に即していると思うので、自然と実行出来ると、
この様に思ったりもしているわけですが!?



263 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 21:10:20.23 ID:F0ATLRq2
>>254
>どうしても全力で事に当たれない気がします。
>肝心な事がおろそかに成るんではと思われます。

よろしい。
あなたはひとつ理解を超える必要がある。
それは、あなたが全力で当たろうと(そう感じてようと)なかろうと、
単に「出来事」が起こっているだけだということだ。

どれだけ意識的にあろうが交通事故は起こる時は起こる。
仕事のミスにしても起こるときは起こる。
つまり寝ぼけてようが冴えていようが、どちらでも良いのだ。
勝手に起こり続ける物事の中で、あなたは流れているだけなのだから。

全力で当たるというのは、あなたの言うとおり自我の単なる納得である。
少し話は変わるが、あなたに人生のヒントを送ろう。

あなたがどれだけ精魂込めた努力をしようが、すべては単に流れていく。
つまり悩みや不安などの問題は、別に解決する必要もない。
なにもしない、これに限る。

「なにもしない」とは「起こった出来事」に対して、
必死に、命懸けにならなくてもよいということだ。
ただ呼吸のように何も考えず、身を任せているだけでよい。

もちろん出来事に自らを同一化し、執着に溺れた取り組みをしても構わない。
あなたの自由だ。 その行いを古くから「苦行」と呼ぶ。

苦行をしてもしなくても、必ず「結果」にたどり着く。
我々は努力や苦労をしたから、良い結果になった、と思い込んでいるが
別にそんなことをする必要もないことは、あなたが「苦行」を捨てたときに理解できるだろう。


264 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 21:41:20.75 ID:F0ATLRq2
追記しておく。

>>254
あなたが観照者の視点で物事を観ているとき
そして仕事や運転などの行為を行っているとき、
「全力で当たれない」そう感じている。

それこそが、なにもしていない、
つまり苦行を脱した行為者である。

釈迦は「歩かず、歩きなさい」と伝えたが
まさにその通りである。

ただ自我の視点では「事故が起こるんじゃないか」
「仕事でミスをするんじゃないか」と騒ぎ立てるだろう。
だが前述した通り、起こるものは起こるだけであり
あなたがどのような意識状態であろうが、それは無関係だ。
むしろ、余計な心労を抱えないので事態は好転していく。

心労を抱えない人は、他者にとって好意的に写るからね。
そういう意味では、良い世界になっていく。


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 21:55:31.40 ID:bmoAiCkG
>>263
悩みは不安は、時と共に流れて行くのは分かります。
そしてまた、考えるから発生するのも分かります。
連想しなければ、そこで感情的な問題は終了します。
でも、今このことは横に置いときまして。

>どれだけ意識的にあろうが交通事故は起こる時は起こる。
>仕事のミスにしても起こるときは起こる。
>つまり寝ぼけてようが冴えていようが、どちらでも良いのだ。
>勝手に起こり続ける物事の中で、あなたは流れているだけなのだから。

スイカ割りは目隠しして行ないます。
だから、なかなか当たりません。
これと同じて、もし目をつむって運転すれば事故ると思うんですが。
でもこれもまた、「目をつむって運転して事故る」という流れになっていた。
こういうことでしょうか!?

つまり、意識して事故らないも、意識しないで事故るも、
それは単に無意識が選んだことであり、どちらを選ぶかは初めから決まっていた。
こう言う事になるんでしょうか!?


266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:04:46.37 ID:bmoAiCkG
>>264
人の行為の根源には、快と不快があり、
人は運命的に?、快の方角へしか進めないようです。
目をつむって運転するのには、恐怖という不快が伴うので、
だからそれは、有り得ないことに成るんだと思われます。



267 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:08:41.72 ID:F0ATLRq2
>>265
あなたが起こす行動は、起こっている出来事である。
つまりあなたが目を瞑って運転すれば、そういう結果になるだろう。
ただそれだけのことである。

ひとつ言っておく。
自我にとってベストな結果を導く「スピリチュアル」などない。
つまり日々生まれ起こる出来事に「いかに苦悩しないか」、
そういう消去法的なスタンスこそが苦しみのない道である。
だが、幸福の道ではない。あくまで苦しみのない道なのだ。

般若心境がなぜ「あれはない。これもない」という無い尽くしなのか。
それは出来事は「起こる」からである。

マネーゲーム本もそうだが、貧乏は貧乏だ。
勝手に起こる出来事の中で富を得られるときもあるのかもしれない。
一生貧乏かもしれない。

だが貧乏とはどういう定義なのだろうか。
そこに幻があり、その幻(概念)を破壊するのが
釈迦の示した「苦しみのない世界」である。

だがそこでは終わらず、その境地に立てば
あなたを取り巻くすべてが、あなたのためだけに用意されていることに気付く。

結果は必ず訪れる。だから結果から観るのだよ。


268 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:12:46.50 ID:F0ATLRq2
>>266
あなたが目を瞑って運転することをしないのであれば(恐怖かどうかは別として)
そうしないのだろう。つまりそういう出来事は起こらなかっただけのことだ。

あなたは、あなたではない。まずはそれを自覚してはどうだろう。
あなたがいま書き込みをしている。返信に思案している。
それらも生まれ起こった出来事だ。

遠くのコンビニで万引きがあった、株価が変動した、誰かが告白をした。
それらと同じく、単なる出来事である。

だれがあなたの思考を「起こらせた」のか。
それは、私である。
つまり私はあなたを起こしている。
つまりあなた自身が起こしているのではない。
あなたは単に反応でしかない。私も同じだ。あなたへの反応で私は在る。


269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:17:16.86 ID:UMs6HlkF
>>267 
横ですが、御教授ください。
では意識せず、どうしてもなりたいや、やりたいには従うべきなのですか?
なにがエゴだか解らなくなってきました。

例えば恋愛などは、意識が、止めとけ、止めとけと言っても体などが勝手に反応する。
又、食欲などもそうですよね。意識は多くは食べる必要などないと言っても勝手に食事を求める。

苦しみの無い世界、全てを諦めること。
無に徹する事とすれば、もうそれすらが苦行のような気がしてしまって。
貧乏でもいいやと思い込んでも意味がなく、本当に貧乏でも構わないと
自然に思えることこそ、手放すということですよね?

その手放すことが、ものすごく苦行に感じた時は、
結果が決まってるならば、もう求めるままでいいのですか?



270 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:22:29.74 ID:F0ATLRq2
>>269
あなたは何に疑問を持っているのか。
何かを行おうとして、単に失敗を恐れている?

具体的な部分はわからないが、やりたいならばやればいいだけだ。
ただ、「これをやって、こうなったらどうしよう」とかいうのは愚問である。

とりあえず、野良猫のように生きてみなさい。
腹がへれば飯を探し喰らい、理想も希望などの概念もなく、ただ生きる。
ただ在るのみ。


271 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:25:37.52 ID:F0ATLRq2
>>269
追記しておく。
「なりたい」というのは、あなたではない。
あなたは最初から完璧な存在なので、別の存在に変容したいとなれば苦行となるだろう。

ただ欲求を満たすだけ、それは野良猫が飯を漁る、その意味である。
それだけで、あなたは価値がある。


272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:30:29.73 ID:UMs6HlkF
いえ、すみません。解りにくくて。
マネゲとか悟りの目的って、結局、厳しい人生をいかに楽に生きるかにつきると思うのです。
執着が駄目だと言われるのは、失敗を犯しやすいこともありますが願いを叶えるというよりは
執着による苦しみを発生させないことが目的だと憶測するんです。

お金持ちでもお金に執着しまくって不安であれば、幸せでもないし楽でもない。
貧乏でもお金に執着せず沖縄などで自給自足を楽しめる人なら苦痛でもない。

そう考えても、やはりどうやっても貧乏が嫌だし、お金が頭に浮かぶ時って
無理に金持ちなんて...と酸っぱいブドウをしたとしても腹の底から貧乏を受け入れられてる
わけじゃないので我慢、我慢で苦しいと思うのですね。

じゃあ、結果、お金持ちになれなくとも素直に貧乏は嫌だ!お金もちになりたい!
とエゴと呼ばれる声に従ったほうが、まだ苦行に感じないかなと...。

執着なくすって、言葉では、すごく簡単そうだけれど
自我意識や努力でなんとかできる領域じゃないだけに
その状態にと意識することこそが、もう苦行に思えて。

じゃあ、無駄な理想でも持っててそれに向かったほうが却って大きな意味じゃ
楽なのじゃ?と思ってしまっただけです。すみません。



273 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:43:51.54 ID:F0ATLRq2
>>272
野良猫になりなさい。
常に今に在り、等身大の自分で生きなさい。
腐った死体でも良い。そのようになりなさい。

幸せ?ラク?苦痛?金持ち? そんなもの捨て去りなさい。

すべてどうでも良いことだ。
なぜならば、あなたの為に世界があるからだ。

この意味を理解するとき、あなたは自由になるだろう。
明日出社せずに、今月の支払いも気にせずに
突然アフリカなどへ飛び立って「生」を満喫するだろう。

何が怖い? そうしたら後がどうなるかって?
そんなもの、どうでもいいのだよ。なぜなら成るように成っていくからだ。
あなたがいまの人生に苦しみを覚えているならば
それは自らの変容を求めているからだ。

そういう変容は苦行である。
だが、あなたの世界(概念)は自由に崩すことが出来る。
あなたが一生を終えるときに、必ずこの意味はわかる。
今日のあなたは昨日までのあなたの最後の自分であるからその意味は理解に容易い。

だから思う存分欲求を満たし続ければ良い。
だけども自分を忘れないようにしなさい。
つまり今の自分を変えたいとか、環境を変えたいとか
ああなりたいとか、そういうのをしないことだ。

蝶は10日程度しか羽ばたけないが
彼らにとって、「今」が永遠ゆえに、寿命はない。


274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:51:33.53 ID:UMs6HlkF
>>273
ありがとうございました。
正直な所、難しいなぁ...。もし自分の世界があり、自分中心に実は世界は廻っていたとしても
その状態の時は、なろうとせずに、今に在れて、執着無くそうとせず執着がなくて
何も必要ない、大丈夫だと思い込まなくとも、勝手に思って自己中世界でも
エゴが無いから自己中でない状態の時ですよね?

何かの偶然で一瞬、そうなれたとしても、その状態の維持は並大抵のことじゃなさそう…。
だけど、なるだけ、今を意識して生きるよう意識してみます。
ありがとうございました。



275 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:59:25.29 ID:F0ATLRq2
>>274
あなたが明日極端な行動に出ても良いのだよ。
覚えておきなさい。

あと、人の「死」と出会う切っ掛けをなるべく多く作りなさい。
葬式でも良いし、海外のニュース記事でも良い。大きな病院に出入りするのも良いかもしれない。
なるべく直接、遺体や「死」と遭遇できる機会を設けるとよいだろう。

欲求の赴くままに生きなさい。


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2017年6月24日土曜日

自分さん10 あなたをとりまく「人生」こそが、あなたなのだよ。



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88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:15:38.32 ID:1++pF4K2
オレは世界でいろいろなできごとが起こるたびに傷つくし、苦しむよ。
でもそれが、「無限の豊かさ」へ続く道への入り口だと思っている。

まず、傷ついた気持ちや苦しむ気持ちが、
世界をよりよい方向へ動かすためのきっかけになる。
事故が起きたら、二度と起きないようにどうすればいいか考えるだろ。
感情が、適切な対応をすることが必要だということを教えてくれるんだよ。

次に、適切な対応をしたあとに、
その気持ちを今この瞬間のなかで受け止めてあげることが必要だ。
そうすることでまさにあなたがいうように、
その出来事が自分のために起こってくれたということがわかるようになる。
どんなことの中にも、手放すことと得ることの二つの面がある。
それに気づくことで、結局失うものは何もなかったということがわかるんだよ。



90 :82:2013/06/21(金) 00:22:16.37 ID:BEbk1Usz
>>88
「無限の豊かさ」とは、視界をはみ出すほどの財宝のことではない。
財宝などないのだ、と理解することである。
あるのは「あなたの人生」だ。
それはあなたではない。だが、あなたである。

あなたは、あなたの赴くままに従えば良い。
それだけで良い。

明日自殺をしても、それはそのような心境になったからだ。
明日事業を起こしても、それはそのような心境になったからだ。
明日アフリカに向かってても、それはそのような心境になったからだ。
なぜそのような心境になった?

それが大いなる意識である。でもこの表現は持ち上げすぎている。
単に、あなたの人生が、いつも通り、あなたにそう仕向けているだけのことである。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:22:24.89 ID:fgY0IOom
そうですね。状況や時代でいかようにもかわる。
ただ、男性から女性が生まれるという観念を今や、
女性性から男性性へと変化すると科学が神話を壊した。

科学が素晴らしいのではなく本来の自分が創った幻想が
神話を壊したのだからそれに従ってもよいでしょう。
被害者に強烈なトラウマという観念を植え込むことを
善悪がないからといって肯定はできません。



92 :82:2013/06/21(金) 00:26:55.57 ID:BEbk1Usz
>>91
あなたが正義を持つように、他者も正義を持つ。
だが、どちらも「正義」に変わりはない。
ナポレオンは自国民からすれば英雄だが、敵国からすれば悪魔だ。

あなたの肯定は、正しい。
私の肯定は、正しい。

これが常にあり、そういう世界に生きていることを理解しなさい。
あなたにとっての幸せは、誰かの不幸である。
では幸せになれないのか?

それは間違い。
幸せなんてものは存在しない、そういう視点になれば
幸も不幸もないのである。


93 :82:2013/06/21(金) 00:29:56.80 ID:BEbk1Usz
カレーを食べるから、今日は最後にする。
私のどうでも良い話につきあってくれてありがとう。
心から嬉しかった。ありがとう。


94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:32:43.35 ID:fgY0IOom
>>92 
私はあなたが自分の我儘ほうだいを通すような人間には思えない。
二人のチャットなら納得したかもしれません。

私は正義や悪にこだわってません。
あなたの仰るレイプ観が正義なら私は何の躊躇もなく悪に回ります。
もともと私の意見も単なる幻想で、偽物のようなものなのですから。
私は悪だから言い切れます。駄目なものは駄目なのです。
フェミニストではないですけどね。



96 :93:2013/06/21(金) 00:36:09.28 ID:BEbk1Usz
>>94
>私は何の躊躇もなく悪に回ります。

カレー食べながら、ちょっと感動させられました。人間も捨てたもんじゃないな。
おやすみなさい。


99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:44:04.60 ID:cykPCxzP
私が君を中途半端だと思うのは、
「どうでもいい」と言いながらも「やりたい事」といった欲求には執着する点だ。
全ての執着を手放すという事が徹底されていないように見える。



101 :93:2013/06/21(金) 01:06:57.09 ID:BEbk1Usz
>>99
食べ終わりました。

あなたの言う通りである。
私が学ぶために、あなた方がいる。
私の視点はそうである。

ただ、私が学ぶにつれて同様に理解が広がる人もいるかもしれない。傲慢ではない。
なぜ釈迦やキリストが教えを伝えたのか。
それは自らが、まだ足りない何かを学ぶためだったかもしれない、
2大覚者に対して、それは妄想と言われるかもしれないが、確証はないだろう。

では「足りない何か」とは何だ? 
すべて知っているのになぜ人に伝えたのか?
覚者であれば、世界すべてが己、という境地に達する。
だから伝える必要はない。

だがそれは「消滅」を意味する。仏陀もキリストも消滅は記録に残されている、
つまり、本来の「ワンネス」の境地に溶け込んでいなかったのだ。
溶け込んでいれば、名を残さない。

しかしなぜ、仏陀やキリストは「人に伝えた」のだ? 
全部つながっているんじゃないのか?

「悟りを開いた者」と言われながら、
実は修行を続けていたのではないだろうか?
修行を続けていたということは、欲していた、ということである。
それはワンネスとはかけ離れた分離の世界である。
なぜ分離を生きていたのか、それは本来の宇宙の原理の目的を果たしたかったからだ。

人の優しさは「出来事」を通じてしか体験できない。
それはつまり「人生」が運んでくることであり、自ら「発生」できないからだ。
つまり「分離」があるゆえに、優しさを感じることができる。

釈迦もキリストもそれを当然理解していた。
意外なことに、彼にも我々と同様に「人生」に生きていたのだ。
だから観ていたのだ。多くの人の人生=自分にもたらされる愛を。

だから私は学ぶ。
あなた方も何かしら、学んでいる。

だから感謝しかないのだろう。ありがとう。
どれだけ言葉で話ても、伝えきれない。
ありがとう。本当にありがとう。
みんながいるから私は学ぶことができる。
私は存在を与えられている。

皿を洗いながら、そんなことを考えてました。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:15:20.13 ID:cykPCxzP
>>101
ワンネスは肉体とは別の事だと思うよ。
彼らが教えを説いたのは大衆が苦しみの中にいることを知っていたから。
自分と同じ境地に来て欲しかったんだろう。



103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:21:37.02 ID:BEbk1Usz
同じ境地にきて欲しい
それはあえて分離をしていることだ
それは>>94の方と書き込みと同じ匂いを持つ


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:25:14.75 ID:cykPCxzP
>>103
仏陀やキリストはワンネスの中にいる。
でも大衆は分離された自我の中にいるんだよ。
分離されているという思い込みの自我から解放されなければならない。



106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:30:30.59 ID:BEbk1Usz
>>104
なぜ仏陀やキリストがわざわざ分離を経てまでして伝えたのか?
ワンネスにあるならば、伝える必要はないはずだ。
つまり、あなたの言うように他者を導きたかったのだろう。
だがそれは欲望である。

だが、それは優しさである。
なぜこんな美しい世界を捨ててまで、解脱したいのだろう?
苦しみや、ささやかな幸せを享受できる、こんな美しい世界が見えていないのかもしれない。
それは私も同じである。


107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:50:56.45 ID:BEbk1Usz
誰かが書いていたように、悟る者は語らない。
だが、我々が「悟り」というものがある、それを知っている時点で
悟りを得たものが、語っている歴史があるということだ。

だが伝えるということは、自我の納得のことである。
つまり欲望を満たしているということだ。
仏陀もキリストも、これをみんなわかってくれたらいいな、
という欲求を満たしたかったということになる。
つまり自我に囚われている、という見解になる。

だが彼らには優しさがあった。優しさもエゴである。
だが、エゴこそ、人生であり、
エゴこそ、苦しみであり、
エゴこそ、嬉しさであり、
エゴこそ、悟りを認識するシステムであり、

つまりは、
悟っていたのだ。

だから大いに苦しみ、大いに喜べばいいのだ。それが人生だ。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 02:06:51.83 ID:BEbk1Usz
人に伝える。
これはエゴだ。

つまり仏陀もキリストもエゴに囚われた人生を送っていたことになる。なぜなら名を残している。
欲望に塗れた人生。レイプ犯と何が違うのだろうか。

逆に言い換えれば、「悟る者は語らない」という
語らない覚者はそういう人生を送れただけのことであり、
レイプ犯も仏陀も、そういう人生を送れただけのことである。

ただ、レイプ犯も仏陀も「名」を残した。
だが、「悟る者は語らない」という覚者は名を残していない。

つまりは、我々が「行きたい向こう側」は「こちら側」があるからであり、
こちら側こそが境地なのかもしれない。

先のレスにも書いたように
ワンネスであれば、嬉しさも優しさも苦しみも感じられない。
ならばなぜ「生まれてきた必要があるのだろう?」

大いなる意識と呼ばれるものは、あえて分離を作り、
それは自らを体験したいがために、我々を生んだのではないか?
悟りとは、それに反する行為なのではないか?

だから仏陀、キリストは、分離であることを望んだのではないか。
私はそう思う。


142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 08:45:55.01 ID:m2mK8czy
みなさんおはよう
犯罪者の話で議論が交わされているようだが
私は>>84で書いたように、その「犯罪者」がなぜ「犯罪者たる人生」に
なっていったのかに論点を置いている。

つまり、そのような環境に生まれ育ち、そのような人格にならざるを得ない人生背景が
レイプ犯やオリンピック金メダリスト、大工、政治家、ペットトリマーを作ったのだ。
端的に言えば、我々そ「それに興味を持つきっかけ」がなければ、その人生に触れることすらできない。
ではそのきっかけはどのように訪れるのか。

さらに突き詰めれば、興味という切っ掛けを持ったところで
その世界観に次へと進む「きっかけパート2」が現れなければ
あなたは「単に知っている」だけで、「そのもの」には成り得ない。

つまり、我々が日頃「偶然のきっかけの重なり」でいまに至ると思っていることが
実は、それら偶然と思われていること「だけで」、あなたという概念、
そしてあなたが生きている世界が形成されているのだ。

ではもう一度問おう。
あなたが、ある犯罪者と同じ人生を歩んでいたら
あなたは犯罪を行う以外になかったのではないか?
なぜならば、いまのあなたの「常識判断」を、その人生では持ち合わせていないからである。


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 08:58:21.65 ID:ceFsEnYY
それは微妙。
犯罪者という呼び方が既にレッテル貼ってるし。
しかも人生のせいにしている。
ヒトラーと同じ人生を歩んだからといって誰もが大量殺略者になるわけではあるまい。



146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:00:49.38 ID:m2mK8czy
>>144
人生のせいにしているのではない。
あなたをとりまく「人生」こそが、あなたなのだよ。

あなたは人生というの中でしか、意思を持つことはできない。
つまりは「サッカー」という枠の中では、基本的に手を使うことは許されない。
これは前提である。

あなたが貧しい家庭に生まれたならば、富豪の暮らしはできない。
ただそれだけである。

人生のせい、ではない。人生がそもそもの、あなたという「箱」である。


147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:04:45.66 ID:ceFsEnYY
>>146
話をすり替えてる。
記憶が今の自我に影響を与えてる部分はあるがそれだけではない。
何事も人生のせいにする事はできない。
君は狭い見方しかできないようだ。



149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:12:56.43 ID:m2mK8czy
>>147
あなたがそう思うならばそうなのだろう。
そして、あなたは私と同じことを書いている。

そのようにレスをしているということは、
「概念」で私を観ているからだろう。

何事も人生のせいにすることはできない。
なぜならば、人生という背景こそが
あなたを形成しているからだ。つまり人生こそ、あなたなのである。

それをもっと深い視点で感じなさい。


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2017年6月19日月曜日

自分さん09 心から「すべてがどうでも良い」となれば、すべてと一体化する。



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37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:45:04.10 ID:FXtkL6Yi
反論、異論はないけれど…。
神経、「神気の経脈」を忘れておられませんか?

そして脳とは抹消神経までを指しているようです。
身体を単なる幻想と思えない理由でもあります。



40 :33:2013/06/20(木) 22:48:53.64 ID:0HHF92Ac
>>37
すべては脳内であると、私は思っている。
ただあくまで、この小さな脳内だけの認識であるから
事実(事実は私の生涯の中で私が認識した範囲内のことであるから適切な言葉ではないが)は
わからない。

五感もなにもかも、脳内。
つまり自分の脳が認識した世界であり、視界が捉えた世界も
聴覚が捉えた世界も、全部、真実はわからない。
脳内がデコードした結果、それしか我々は認識できない。


42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:52:44.65 ID:FXtkL6Yi
>40 随分、昔の事ですが祖母は心筋梗塞から半身不随になり無くなりました。
心臓の血管から脳に血流がいかず酸素が脳に供給されないので手足が麻痺してしまうという病気です。

全ては一つ。脳だけが特別ではない。
誰かに温かくしてもらった時、じ~~ん...ときますね。感受性の高いか低いかだけでしょうけれど。
それも全てで感じ取っている。



44 :36:2013/06/20(木) 22:58:42.82 ID:0HHF92Ac
>>42
>>誰かに温かくしてもらった時、じ~~ん...ときますね。
では、その状況で誰にも温かくしてもらわなければ、つまりあなたに誰も関心を示さなければ
あなたは、辛い気持ちになるのではないか?

私は悟りなんて「どうも良いもの」であると知っている。
なぜならば、辛い思いができないからだ。


47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:03:23.18 ID:FXtkL6Yi
>>44 
では、どうでも良いものなら、覚者と言われる方々は何も語らなかったでしょうね。
他人の苦しみなどどうでもよいことであるし、言葉にできないものを、わざわざ無理して
解れるように語ることもなし。誤解を生み出すだけだということも解っていただろうに。
彼らは自己顕示欲の為、語ったのでしょうか。



50 :36:2013/06/20(木) 23:05:23.59 ID:0HHF92Ac
>>47
あなたの言う通りである。
だが、あなたの人生はあなたのためにある。
だからあなたは常に正しい。

あなたが悲しんだのは、あなたのためだったはずだ。
あなたが喜んだのは、あなたのためだったはずだ。


46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:00:16.24 ID:/hSjlXV1
「どうでもいい」と「書き込みが楽しい」は相入れない。
「書き込み楽しいよどうでもいいけど」ってオカシイよね。

本当に全てに関心を無くしたなら、ただ「存在」しているという状態になるので、
「存在する事の幸福」だけなのではないかな。



54 :36:2013/06/20(木) 23:09:44.96 ID:0HHF92Ac
>>46
釈迦は語った。キリストも語った。
あなたの言う、本当に悟った人間は「語らない」とするならば
彼らは悟っておらず、歴史に名を残さない多くの人々が賞賛されるべきだ。
だが、釈迦やキリストを始祖としている。
なぜ彼らは語ったのか。

答えはひとつしかない。
「悟り」など、どうも良いからだ。

その境地に立つことで、自我があろうがなかろうが
煩悩があろうがなかろうが、欲望があろうがなかろうが、どうも良い。
だから、あなた方の苦しみは解放できる。
私自体、どうでも良いからだ、彼らはそのように伝えていると感じている。

つまりは、あなたの生涯の中だけの「お話」である。
あなたがどう生きようがあなたの自由である。


63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:28:39.85 ID:FXtkL6Yi
一つだけ...。全てはどうでもいいけれど、生きたいのなら痛みを感じがほうがいいです。
痛みや不快は出来れば感じたくないものだけれど、祖母の麻痺した体で床ずれの傷は酷かった。
痛みは感じていないので、それは救いでもあった事柄だけれども。

不快を感じるからこそ体にも注意を向けることができる。当たり前の事がありがたい。
そう思えば痛み、不快感にネガティブなレッテルを貼り付けて、そこに囚われることもせずすむでしょう。



66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:32:53.34 ID:0HHF92Ac
>>63
あなたがその「痛み」を感じたかったから感じたのだろう。
私もそうしたければ、そうする。
あなたがおばあさんの痛みを受け止めたかったからそうしたのだろう。
私も、きっとそうしている。

これは「すべて、どうでも良い」ということなのだ。
どうでも良いから、あなたは他者の痛みを感じ取れる。
だが、本当にそれに囚われていたら
あなたはいま、ここで書き込みをしていない。


58 :56:2013/06/20(木) 23:18:54.47 ID:0HHF92Ac
彼らのレスや悩み、疑問に対する返答はひとつしかない。
私にとって、非常にどうでも良いことだ。

なぜ彼らはそんなに執着するのだろうか。
まさに宇宙から見た、地球がぐるぐる回ってるだけ。
そして人間は「朝が来て夜が来る、これは真理だ!」という
よくわからない世界に到達する。


59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:19:51.86 ID:4DLF2g0z
>>58
ありがとう。やはりシンプルなんですよね。



60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:21:18.07 ID:0HHF92Ac
>>59
よく覚えておきなさい。
私が書店の精神世界のコーナーに著書を置くならば、その本は1ページしかない。

「すべてはどうでも良い」


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:24:43.04 ID:4DLF2g0z
>>60
すばらしいです。
なかには「すべてはどうでもよい」を思考で捻じ曲げて解釈してしまうというか、
「どうでもいいんなら何したっていいだろ!」という人も出てくる。

マネゲスレでかつてあったことですが、
「俺の書き込みは幻想なんだ。俺の書き込みを見てイライラしているお前はだめだ」
てな感じで罵倒し合うレスがありました。
まあそれも宇宙の視点から見たら確かにどうでもいいことなのでしょうが。

だからシンプルな法則であるはずの精神世界の本は分厚くなるのではないかと。



64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:30:24.27 ID:0HHF92Ac
>>61
>>どうでもいいんなら何したっていいだろ!」という人も出てくる。

何してもいいと思うが。
例えば幼女をレイプする犯罪者は「やりたくてやったわけだろう」
金を求めて、20代で億万長者になった男は「やりたくてやったわけだろう」
何をしてもいいと思うよ。

ただひとつ。
すべてが「どうでも良い」という境地に立たなくては
いずれすべてが「苦しみ」に転化する。
つまり、どうでもいいや、という境地の中で欲求から動いたレイプ犯は至福の人生だろう。

これが、「執着を捨て、仕事や家庭生活を円満に行えて至福だ」と何が違うのか。

「苦しみ」と言われているものが「幻想」なのである。
捨て去る基本動作が「どうでも良い」 ‥つまり執着をしない、である。


68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:35:53.24 ID:4DLF2g0z
>>64
つまり>>61で言いたかったのは、
「何したっていいだろ」と言いながら実は苦しんでるっていうパターン。

>すべてが「どうでも良い」という境地に立たなくては
>いずれすべてが「苦しみ」に転化する。
↑そう、これですね。

いろんなメソッドを実践している人でこういうケースって少なくないと思うんですね。
苦しんでいながら「どうでもいいんだ」と無理に言い聞かせようとしている人が。
スレッドを見ているとそう見受けられる書き込みによく出くわします。



73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:43:32.11 ID:Az6MGxPd
>>68
心から「すべてがどうでも良い」となればどうしても愛に満ちあふれてしまう。
それすらもどうでも良いとしてしまえば、すべてと一体化する感覚に襲われる。
そうなれば、「どうでも良い」すらも行使できなくなる。

対象がないからだ。


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:44:16.80 ID:vYqWZHiR
レイプしてもいいとかむちゃくちゃだな…
それ信じる人がいたらどうすんのさ。
自分が作った幻想の世界だから何やってもいいってわけじゃないんだぜ?

レイプの被害者がどれだけ後で苦しむか、見たことあるか?
一回でも接したら、そんなこと絶対にいえなくなると思うよ。
それと、他の人にあれだけ大きな心の傷を残して、
レイプした側が無傷でいられると思うの?

おれらはみんなつながっているからね。
人を傷つけたら、自分も傷つけることになるし、それ以外の人も傷つけることになる。
それは民族的な対立を見ればよくわかるだろ。
すべてが幻想なわけじゃない。傷はリアルな、現実のものだよ。



77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:49:47.46 ID:Az6MGxPd
>>74
前も書いたが、あなたが今日食べた料理は多くの動物が犠牲になっている。
それらの秩序は我々人間界が勝手に制定したものだ。

また、今日何らかの悲しい事件がニュースを騒がせただろう。
あなたはそれを防ぐことができたか?

また、あなたはそこでそのような暮らしをしている。
それは偶然の重なりでそうなったのではないか?
つまり、あなたの意思はどこにも反映されていないということだ。

あなたの自由、それはつまり、あなたが意識して起こせることじゃないのだ。

こう考えてはどうか。
レイプをして捕まった男は、彼のその人生がそのような道にさせたのだ。
そのような家庭に育ち、そのような光景を見て育ち、そのような衝動にかられる出来事に遭遇した。

上でも書いたが、行動とは、単に起こっている出来事である。
あなたはレイプ犯にはならないだろう。なぜならば、それがあなたの中の否定であるからだ。
だが、否定でない人生にあなたが育っていたらどうなる?

あなたに罪はあるのだろうか?
だが、あなたは今日も料理を食べている。


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 23:57:50.43 ID:vYqWZHiR
>>77
とりあえず、食事とレイプを同列で語らないでもらえます??
なんか頭痛くなってきた、、、
そういう文章を読んでると残念な気持ちになるし、
マネゲでせっかくこういう世界に興味をもってもらえた人を
がっかりさせてしまうのが心配だよ。

確かにおれらは動物を犠牲にしないと生きていけない生き物だ。
でもそれは、命がつながっているということなんだよ。
農家の人たちがどういう気持ちで動物を育てるか、想像してみたらどうだ?
殺人をして命が意味もなく消えていくのと、
俺らが食事をするために命を受け取るのはまったく異なる行為だろ。



82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:01:08.09 ID:Sbiw16IW
>>81
あなたの望む世界なのだろう。
だがあなたは世界で様々な出来事起こるたびに苦しむのではないか?

それらは単に起こっているだけだ。
あなたが苦しむ必要もない。

私の書き込みも、単に料理の時間の暇つぶしだ。
あなたが問題視する必要もない。

すべてを手放しなさい。


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:01:51.64 ID:fgY0IOom
>>77 
81さんに同感。そこだけは注意を...。
モラルが育っていないなら、都合のいい解釈をする人もいるわけです。
罪を憎んで人を憎まず。それは建て前としてはよいけれど
傷つけられた人には憎悪が生まれます。因果応報で裁かれればすむという話ではありません。

よく動物虐待の矛盾をついて偽善と叫ぶ人がいますね。
犬や猫だけ可愛がって、動物愛護を唱えるなら牛や豚を食べないのか、
ゴキブリや蚊は可愛がらないのかと。

論だけで勝負すると矛盾の解消のみの話になり、本当に大事なところが置いて行かれる。
また本当に大事なところは言葉にできないし、出来た時点で偽善となる。



84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:07:26.78 ID:Sbiw16IW
>>83
モラルとは、あなたの人生のものなのだろう。
私の人生にあなたのモラルは認識すらない。

レイプ犯が、まっとうな公序良俗の教えのある家庭に育ち
充実した人生を送っていたならば、レイプ犯にならかったのではないか?

では、なぜレイプ犯になったのか、
あなたはその苦しみが理解できるだろうか?

被害者は苦しいだろう。
どうように「なぜ、そんなことをしている自分がいるのだ?」という
犯人の人生も同じ位置にある。

>また本当に大事なところは言葉にできないし、出来た時点で偽善となる。

あなたがそう思うならそうなのだろう。
ただ、あなたへのレスも、私にとっては単なる暇つぶしだ。
これは私にとって、完璧に揺るぎない「事実」である。

あなたも何かしらの側面でそうあるはずだ。
ただ、女性を苦しませるレイプ犯に「ならなかったように」導いてくれた人生に
感謝すれば良いのではないだろうか。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:10:42.50 ID:Sbiw16IW
あなたが女性であるならば、レイプ犯はないなw

どちらにしても、あなたの人生があなたを形成している。
それはあなたの意思が全くといって反映されていない。
しかもあなたの性格や意思は、その人生、つまり出来事の集大成により作られている。
よって、あなたが自分と思っている自分はあなたではない。

出来事に身を任せなさい。これまがそうだったように。
この先も、すべて出来事に身を任せない。必ず「答え」に導いてくれる。


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:12:44.12 ID:fgY0IOom
ええ。私との会話が暇つぶしでも、それは全くかまいません。
ですので私も私の感じたまま、私の暇つぶしで語るまでです。

加害者の苦しみも解ります。グレたくないと意識してもグレた経験は自分ももっていますので。
ですが被害者には、加害者側の都合はなんの関係もありません。
災害や天災ではありません。人災です。



89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:16:09.04 ID:Sbiw16IW
>>86
あなたがそこにいること、それは、あなたが自らの力量でそこにいるのではない。
たまたま偶然の重なり合いでそこに至ったのだ。

それをレイプ犯や、被害者、私、あなた、あなたの関わる人々に置き換えてみなさい。

すべては本人の意思に関係なく、ただ「出来事」に翻弄されているだけだ。
そこに執着を持つということは、どれだけ馬鹿げているか容易に理解できるだろう。

どうでも良い、つまり、流れのままに従う。


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2017年6月11日日曜日

自分さん08 思考があろうがなかろうが「発生~消失」のプロセスがあるだけだ。



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962:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:18:12.79ID:nk97HXeQ[2/7回]
思い込むとか、目指す、とかを忘れてしまってはどうか。
つまり、精神世界を意識しない暮らしを送ってはどうか?

たぶんあなたの求めているものは、ここにもなければ、どこにもない。
ただ、あなたの人生、それがあるだけだ。


965:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:20:43.63ID:p5yPOxpl[2/9回]
思い込む???
だから今がそうです。精神世界を意識していない。元々、この世界に詳しくは無いですし。
求めてるんじゃなくて、コントロール不可能を完全に受け入れたら、あとは世間で
いわれるネガティブな現象をどう捉えるかだけでしょう?残るのは。



966:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:26:51.40ID:nk97HXeQ[4/7回]
>>965
理解できるかわからないが、
あなたのその質問や持っている疑問こそが、答えである。
1+1= という問題はの答えは、ただ1+1= があるだけなのだ。

あなたの人生をもっと大きな視点から観てみればよい。
例えば、人生最後の日から、いまを観てみれば
答えは重要ではないことがわかる。ただ、それが「あった」だけのことなんだと。

つまり答えとは、問いのことである。
問いこそ、あなたがそこで生きているから発生しているのだ。

それは外を歩いていて、どこからともなく感じる風と同じものだ。
風が吹いてきたから、あなたは風を感じている。
疑問が湧いてきたから、あなたは疑問を感じている。
それがすべてだ。


967:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:30:28.02ID:p5yPOxpl[3/9回]
ちゃいますやん。今は別に痛みもなんも感じなく貴方とネットで会話を楽しんでる
ほがらかさんだけれど、しんどい時に「単にそれはあったのだ」と感じられるようになるためには、
覚者目指さざるえないのじゃないのか?と思っただけで。
ずーと今の状態が続かないのが人生なのでしょう?



969:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:36:48.96ID:nk97HXeQ[5/7回]
>>967
>しんどい時に「単にそれはあったのだ」と感じられるようになるためには、
>覚者目指さざるえないのじゃないのか?と思っただけで。

あなたは、なっているのではないか?
あなたの人生はあなただけのものだ。誰のものでもない。
人生がどのような変容を見せても、決定的にわかるのは、あなたの人生の中の単なる出来事だ。
つまり、あなたこそ、最大の「無」というバックボーンなのである。

あなたが、エベレストに行こうが、宇宙旅行に行こうが、
猫を飼った生活を歩もうが、常に「あなたの中の出来事だ」。

だから、いまから進化しようとか、何かを目指そうとかする必要も無い。
ただ、目指そうとしているのは、あなたの中の単なる出来事だ。

しかし、それらに執着すると苦しいだけだ。
なぜなら、求めている答えはないからである。
それ自体が答えだからね。


972:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:46:28.74ID:p5yPOxpl[4/9回]
なってはないです。煩悩いっぱいだから、なれないなれない。覚者なんて。
小物だからネガティブ嫌なのですよ。

けど、まあ、いやだいやだと言ってても起こってしまう出来事は仕方ないのなら、
で、又、コントロールもむやみに大海の波に逆らって泳ぐようなもんなら、
後、残るのはネガティブに逆らわない、というかネガテブな側面に必ずひそむ
ポジティブで中和させるしかない。それはなかなか凡人じゃ難しそうだから…。

でも、わかったような解らないようなですが、そのうち解れるのかもしれない。
ありがとう。おやすみなさい。



974:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:52:24.13ID:nk97HXeQ[6/7回]
>>972
人生はすべて、「あなた」という「枠」の中で展開する。
それを概念化すれば、あなたこそが神であり、大いなる意識であり、本来の自分である。

どこへ行っても、何をしてても、常に「あなた」がそこにいるだろう。
ひとりになっても、絶対に「あなた」がそこにいることに気付くべきだ。

疑問を持っても、充実していても、面倒な現実に悩まされても
それは「あなた」という枠の中の出来事だ。
つまり、それらすべてが「あなた」なのである。
なぜならば、あなたしか、それらを体験できないからだ。

すべては観察者、体験者がいることで存在される。
しかし、それらも「あなた」という枠の中の単なる出来事である。

スピリチュアルが何か人生に変容をもたらせるのではない。
ただ単にスピリチュアルという知識が、あなたの枠に登場しただけだ。
それ自体は何の力もない。
喫茶店に入ったら珍しいジュースがメニューにあったのと同じことだ。

それがあなたの人生を優位に変容するのか?
そもそも良い状態も悪い状態もない。
ネガティブもポジティブもない、すべてあなたの中の出来事だからだ。
あなたが「終わり」を宣言すれば、良いも悪いも、絶世の美女も、
何兆円という大金も消える。

おやすみなさい。
あなたは、あなたに守られている。だから何も案を練る必要はないよ。
ただ素直に生きていくだけで良いです。


◆◆「ザ・マネーゲーム」から脱出する法13◆◆

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 21:31:13.06 ID:w+F/5cc/
今日も盛り上がっていますね。

あなたがたがそうして議論していること、
いろいろと考えたりしていると思いますが
それはあなたという基盤があるから行えているわけです。

それがどんな不可思議なことでも、当たり前に感じることでも、
それらは、単なるあなたの体験ということに変わりはない。
つまりすべてが「みんなの求めているもの」なんですよ。
あなたがいなければ、あなたは体験できないから。多いも少ないも得も損も。

つまり、宇宙から見れば単に地球がぐるぐる回ってるだけのごとく、
朝も夜もないんですよ。地球視点から見れば、あるんだけど
その上の視点から見ればない。 宇宙から見れば朝も夜もない。

どちらも包括してる状態だけがあるんだが
それはあくまで地球視点であって、宇宙からは
「朝?夜?なにそれ。おまえが回ってるだけじゃん」となる。

これが知りたいのだろう。
日頃、金がない、もっとあればいいのに!
やった、金が入った最高だ! あれ!もう全部つかっちまった!

そういう話も、ひとつ上の視点から見れば「どっちも包括したもの」があるだけだ。
つまり「ない」のだ。

ではどうすればひとつ上の視点にたてるかということが、
たぶんあなた方の「悟り」といわれるものだろう。

今日はそのあたりについて書いてみる


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:03:17.41 ID:w+F/5cc/
いまあなたの身体の中で60兆以上の生命が熾烈な生死を繰り返している。
少し歩くだけであらゆる筋肉細胞は傷付き、そして新しい細胞に代謝されていく。
免疫システムも、消化システムも、いまこの瞬間ですら全力で自らの役割を全うし
各細菌類も含め、あたなの体内は常に戦争状態である。

もし彼らに思考能力があれば、自らの行動や役割を効率化する為に言葉を持つだろう。
動作や処理対象に言葉を与え続けることで、どんどん分離を生み出していく。
いずれ自らの思考内部にも分離を与える癖がついてしまい「感情」という思考作用を感じるようになる。
そしてその「感情」といわれるもの(最初は単なる"名称"だったのだろう)に飲み込まれていくようになる。
「つぎに消滅するのはわたしなのか。」つまり恐怖である。

恐怖から逃れるため、自らの存在を守るため「知恵」が生まれる。思考上の知恵だ。
知恵は仲間意識を作り、犠牲を作り、どうにか「恐怖」から逃れる方法を見つけようと躍起になる。
だが彼らの世界では「容赦なく出来事が起こり続ける」。
仲の良かった「隣の細胞」が突然傷つきはじめ、苦しみだし、そして消失する。
「我々が何をしたというのだ!?」
彼はすべてを呪う。ただ生きていたいだけなのに、なぜこんな辛い思いをしなければならないのか。

だが、とても心地よい瞬間もあった。
それは何の予告もなく突然訪れる。
そんな時、彼は自分の認識できない大きな力を感じていた。
彼はその力に「神」と名をつける。

恐怖と希望が繰り返される壮絶な日々。
苦しみから抜け出せる知恵を求め続けるが、確実な方法は見いだせない。
極めて過酷な光景、常に鳴り響く気が狂いそうな雑音、
しかしそれらが一体何なのか、彼は知る由もない。
彼が生まれたときからずっとそこにあるものだ。

逃げて逃げて逃げ続け、どこまで逃げても苦しみは彼の中から生まれ続ける。
ぼろぼろになっていく身体。ごく稀に心地よい気持ちにさせてくれる「神」だけを希望に
彼は戦い続けた。唯一の疑問は「なぜわたしは生まれたのか?」である。
そして彼は壮絶なその一生を終える。まるでそこに何もなかったかのように、フッと消えた。
誰も彼を覚えていない。

あなたがガリガリ君をかじりながら、ボケっと2ちゃんねるをしている数秒の出来事である。

まず細胞が「思考」持つという出来事が起因となっているが、思考を持っていなければ当然苦しみはない。
重要なのは、思考を持っていようが、持っていまいが、同様の「発生~消失」のプロセスがあっただけだ。
つまり、あなたがいまの現状にどんな悩みに打ちのめされていようが、
別に悩まなくても悩んでも、なんらかの状態になっている。


ここで「いや、ちゃんと考えれば、ちゃんと行動すれば、良い結果を掴むはずだ」と思うだろうが
果たしてそうして得られた「結果」は本当に良いものだろうか?確証はないはずだ。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:08:15.66 ID:w+F/5cc/
確証がわからないのだったら、別に悩む必要もない。成り行き任せでいいだろう。
言葉で表せばこれだけのことであり、上でもみんな書いてるように「単に当たり前のこと」なのである。

じゃあなぜ苦しむのか。
それはセコいことを考えているからである。
あわよくば、自分は成功したい。幸せになりたい。
そんなこと考えなければ良いのだ。考えなければ「どうでも良いこと」になる。

「どうでも良い」ほど強力な生き方はない。
なぜなら、干渉も執着もないからだ。
日本の政治が荒れてようとも、どうでも良いとあなたが感じていれば
あなたはそれに囚われることはない。

つまり、宇宙から見た「おまえ単にぐるぐる回ってるだけじゃん」の視点にたてるわけである。


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:16:28.96 ID:w+F/5cc/
さて「どうでも良い」とは一体何なのか?

いわゆる「手放し」や「本来の自分の創造物だ!嘘っぱちだ!」や
「ほお、そうか」や「これもまた過ぎ去る」や「般若心経」や「野の百合を見なさい」などである。

あなたが、お金、そしてお金に付随する執着的なもの(「将来」とか「見栄」とか「安心感」とか)
そういうものに「もうどうでもいいや」と心から思えたときに、あなたはお金から解放される。

ふふふ、でもここで終わらない。
ただこれを書くと、解放されなくなる人が多い。
だから深いんだけどね。

解放されるとは何か。
あなたの人生から「それ」が認識されなくなるということだ。
つまり個別のそれを生みださない。だから常に一体化するということになる。

先に書いた「細胞の一生」である。彼は自らを分離させたから苦しみを生んだ。
だが自分を包括する大きな力(つまりあなた)と同化し、その流れの中を感じているだけならば
細胞は「流れそのもの」となる。

人間体のあなたが、歩いたり、無謀な耳かきをしたり、豪快な水浴びをしたりなど
細胞界で容赦なく起こる「出来事」が、細胞の彼、そのものになるのだ。
つまり彼が「心地良い」と感じていた神の瞬間が、すべての瞬間であると悟る。
思考はないから、そう感じるしかないだろう。


30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:19:30.71 ID:w+F/5cc/
つまり、あなたの意識がすべてを生み出している元凶なのだよ。
意識しなければ、まさに「目を奪われる」こともない。

金持ちになる、ならない、そんなことも浮かばなくなる。
だからあなたは金持ちを超越するのだ。

だからお金のために「労働」をしなくなる。
ただ、充実とか楽しみとか、愛とか、そういう為に
「勝手に働いているという行動」が起こっている境地に立っている。


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:24:21.92 ID:w+F/5cc/
マネゲ本の奥義とは、最終的にすべてが「どうでも良い」という境地に立てることである。
愛する人が病に倒れても、それは「そういうもの」だ、という認識なることだ。
ただ眺めているだけ、という意識になる。

それを「そんな非情な心になれない」とか思うならば
あなたは「執着」の中で生きている。

ただ眺めているだけという意識なれば、
あなたのすべての行動すらも「出来事が起こっている」という感覚になる。
身体が勝手に行動を起こし、様々光景を見せてくれて、様々な音を聞かせてくれて
そして、あなたのためだけに、すべてが存在しているのだ、ということに気づく。


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:36:23.35 ID:w+F/5cc/
「どうでもいい」

このスレッドを人生のヒントとして真剣に捉えている人も多いだろう。
だが、私は非常にテキトーな気持ちで毎夜長文を書いている。
なぜか。楽しいからだ。

別に反論があろうが、私自体が特に意識せずに
文章を書いているだけだから何の反発心も生まれない。
つまり私にとって、排便と同じである。
スッキリしているだけだ。

私から見れば、私の排便の中で、「ああでもない、こうでもない」と
小さな文字がごにょごにょと蠢いているように見えている。

なぜなら、私は楽しい日々を送っているからだ。
そんな中のひとつ‥いや、このスレッドの書き込みも大きな「楽しい」の中身なのだ。

排便たちよ、ありがとう。
とりあえず、私は楽しい。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:38:45.55 ID:vYqWZHiR
「どうでも良い」が奥義ってのはいただけないな。
執着の反対は無関心・あきらめだけど、それは結局同じものじゃん。

愛する人が病に倒れたら、心配して気にかけるのは当然だし、
あたたかく看病をしてあげようよ。 それが人間の自然な姿だし、
マネゲの「無限の豊かさ」はそういうことも指してると思うけど。



36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:42:16.59 ID:0HHF92Ac
>>35
あなたがそのように思うのならば、そうなのだろう。
ただそれだけだよ。

でも逆に、あなたにとって愛していないもの(蚊とか?)にも
「どうでも良い」と思えば、結果的に殺生となるでしょう。
それは、死にゆく、も眺めるけども
生まれくる、も眺めるとことなる。

物質だけではなく、出来事などもすべてにおいて
生まれ来るも去り行くもオーライ、
そういうことがあなたにとっての無関心、あきらめ、となる。


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:48:30.24 ID:vYqWZHiR
>>36
はあああ?
いらっとくるわあああああwww
なんでそんな上から目線??

誰かオレの味方になってほしい!!



41 :36:2013/06/20(木) 22:50:04.79 ID:0HHF92Ac
>>39
そのレス、わかっていて書いてくれている。
あなたには感動させられました。ありがとう。

でもたぶん、私が>>29を書いても「じゃあそうすれば金持ちになれるの?」とか
「金持ちになった気分になれってこと」とか、理解の範囲が違えば
そう捉えるひとも多いだろう。

つまり「それ」に囚われてるのだ。
まずはすべての「執着」から抜けよう。
そうして生きていれば、すべてが「あなたの為に用意されていた」ということに気づく。

大半の人は、先に「あなたのために用意されていた」を「求める」からたどり着けないのだ。

まずは「どうでもいい」その心構えで、いまの暮らしを維持しなさい。
放棄するのではない。 維持しながら、すべてに「どうでも良い」だ。


45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/20(木) 22:59:24.48 ID:vYqWZHiR
>>41
え?どういうこと??
よくわからないけどそう言われたらこれ以上怒れないわww

たしかに、もともと関係のなかった動物に名前をつけることから分離の世界が始まる。
ペットみたいに名前がついてなかったら、特別視することがないというのももっともだ。
でもそれは、愛情を感じる強さが対象によって異なるだけで、
オレたちはどんなものにも、いつだって愛情を感じていると思う。
それが人間の本来の姿であって、
無関心とかあきらめとはまったく質のことなるものだと思うよ。



48 :36:2013/06/20(木) 23:03:27.28 ID:0HHF92Ac
>>45
あなたが私に対する認識が少し変わったならば、
心が常に「状況により」変容するということだ。
諸行無常とはこのことである。

私が書いていることも
あなたがポリシーとしていることも
刻々と変わっていく。

釈迦の教えや悟り、それらの「受け取り方」も
時とともに、変わっていく。

だからすべては素晴らしい。
すべての瞬間、そして私自身、そのすべてが素晴らしい。

すべてが素晴らしいと知るためには、
あなたの批判的だった書き込みすら「どうでも良いもの」と感じていた必要がある。
だから私にとって、あなたは素晴らしいのだ。本当に心からありがとう、そう言える。


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2017年6月5日月曜日

自分さん07 結果から物事を観れば、それまでいかにすべてが完璧だったかがわかる。




904 : 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2013/06/17(月) 20:41:25.99 ID:RRnWO0uS [3/3回]
全て(物質も精神も)の元が、分けの分からない伝波のような波動なら、
これに波長を合わす事が、物理次元と精神次元の接点の様な気がする


906 : 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2013/06/17(月) 21:25:19.98 ID:3o6PdO9J [3/3回]
>>904
なかなか悪くないよ。
マハラジが言うには五感の反応や思考は粗いので目立ってしまい、
意識の中で気づきを独占してしまうらしい。
だから心を静めて思考に邪魔されないように、
繊細な実在を感じようとするのが真我実現の肝なんだってよ。


918:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)00:55:22.15ID:kW3r93Ri[1/7回]
>>906
ということは、引き寄せはある、と言う事になるのかもデス!?



920:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)00:59:10.66ID:CL8fXihbs[2/4回]
>>918
横レスですまないが、あなたが引き寄せたと思えば引き寄せ完了である。
これまでの人生を振り返ってみれば、完璧だったとわかるだろう

すべて、結果側から観なさい。
そうすれば原因を操作できる。
そして原因も結果もひとつであることが理解でき
あなたは時間や結果の法則から超越できる。


919:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)00:56:13.82ID:kW3r93Ri[2/7回]
我々の外にあるモノのが単なるラベルだと認識していくと、
最後は身体もラベルで、内臓もラベルで、
そしてついに魂までもラベルだと知り、自分は消えてしまうわけでしょうか!?



921:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)01:01:03.47ID:CL8fXihbs[3/4回]
>>919
その通り。
あなたの言う通り「我々の外にあるラベル」と、我々は誤解しているが
外も内もなく、ただ「ラベルが在る」それだけである。

中身はない。


922:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)01:06:44.08ID:CL8fXihbs[4/4回]
すべては至ってシンプルだ。

すべての物事は「箱」だと思えばいい。中身はカラだ。
そこに「ケーキが入ってるのかな」「オモチャかな」「生首かな」と
人それぞれポジティブからネガティブまで概念をくっつけるわけだ。
でも中身はカラだ。

箱ということは空間である。その空間に概念を生み出している。
だがその箱も、テーブルに置いてあれば「概念」そのものになる。

同じ話になって恐縮だが、つまりはすべて「箱」のようなものと思えばいい。
あなたが勝手に箱の中身を妄想して、喜んだり恐れたりしているだけだ。
そして瞑想すれば、喜びや恐れをなく、純粋に箱の中身を感じられると勘違いするが
実際は、テーブルから観た「箱」を知るだけである。

つまりすべては「無」である。どこまでいってもなにもない。


948:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)22:23:25.56ID:sSjm3Hkv[1/6回]
私が>>914や>>922までに伝えようたように、
ひとつ上の抽象レベルから観れば「無」ですら概念である。
概念ということは思考の対象である。

つまり、我々が語りあっているこのすべては「ただそれだけのこと」である。

そして我々が生きていく世界、人生、スピリチュアル、今日の昼ごはん、知り合いのトラブル、
今月の支払い、思ったより多かったボーナス、嫁の浮気、損した買い物、行楽地での大雨、
結局ビジネスじゃないの?という疑問、コンビニでの傘の置き忘れ、通勤電車でいつも気になる異性、
将来の不安、明日の楽しい予定、

それらは、あなたの人生に在る。
だが、あなたの予測しない出現方法で登場し、予測できない動きを見せる。
すべては「そういうもの」なのである。

昨日も書いたが、結果から物事を観れば、それまでいかにすべてが完璧だったかがわかる。
だから、いま現在のあなたの置かれている状況も完璧な進行なのだ。

人生の本番がいつ始まるんだろう、と待ち続けている男がいた。
何が始まってもいいように、徹底した準備をしていた。精神面も、あらゆるスキルも。
そして彼が最期の床で悟ったのは、
「そうか、いつ始まるんだろうと待ち続けていたことが、私の本番だったのだ」。

ある島の浜辺で仕事もせず、のんびり暮らしている男がいた。
その浜辺に、大きな漁船に乗って恰幅の良い男が訪れた。
恰幅の良い男は大会社のオーナーであるという。彼は言った。

「君は仕事をしていないのか、ならば漁船をひとつやろう。これで漁をしなさい。
そして儲かったら人を雇ってさらに漁船を増やしなさい。
さらに儲かったらどんどん大きくしていきなさい」

浜辺の男は聞いた。
「わかりました。でも、そうして儲かったら、その先に何があるんです?」

オーナーは言った。
「そりゃそれだけ儲かったら、のんびり暮らせるに決まってるだろう」


924:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)01:30:07.33ID:kW3r93Ri[4/7回]
>>922
記号論と良く似ています。
記号論の語るところでは、そもそも、ものに名前を付けるのは、
他と区別する事によってそれを認識するためとか。

二次的には、名前はそのものの本質を表すためかも知れないけど、
でも、知りたいという欲求が起きなければ、認識はしなくてよいわけで、
その時は、他と区別する必要も無いので、名前を付けることはしないようです。

例えばここに、無数の石コロがあったとして、
その中から、宝石の原石を探している場合は、一つひとつ区別する必要があるので、
普通の石、エメラルドの原石、ルビーの原石、ヒスイの原石・・・・・
というように、名前(ラベル)を付けて、一つひとつ認識していきます。
でも、宝石などを探していなければ、石の一つひとつには興味がないので、
我々の脳は、全てどれも「石」という、一括した名前の認識で、済ませてしまうようです。

そしてまた、この無数の石に対して、他の木や水、又は土などと
区別する必要性を感じなければ、石ではなくて、単なるものとして認識してしまうようです。
そして又、この石が目に映っても、まったく何の関心も無ければ、「 無 」として認識する!?のかもデス。



950:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)22:42:31.63ID:sSjm3Hkv[2/6回]
>>924
例えば、あなたも、すべての生物も、公園の砂も、ガラスのコップも、
プラスティックのおもちゃも全部地球の派生物である。
派生物としたのは、分離である。つまりは「地球」である。
あなたの髪の毛や細胞、爪切りで落とした爪、耳あか、それらもすべて
「あなた」の構成部品だった。

つまり「あなた」だ。
で、あなたは「地球」であり、地球は宇宙の内包物である。

そのように考えればワンネスは理解しやすい。

言葉はあえて区分するためのもの、つまり分離である。私が>>621あたりで書いた通りだ。
キリストも仏陀も、コケも、あなたも、全部、単なる地球、宇宙から湧いて出た物質である。
ちなみに、音も光も、単なる波形でありそれらも同様に湧いて出た物質である。

逆にミクロ視点で進めていけば、あなたは60兆の細胞から成り立っており
それら細胞も分子やら粒子やら、細かく刻んでいけばキリがない。

ダグラスハーディングは、自分を「距離を置いた視点」で観れば
宇宙の一部分であり、「距離を縮めた視点」で観れば、原子である、
つまり適度な距離感こそが、我々の世界の大前提である、と述べている。

じゃあ適度な距離感ってなんだ?
あなたを観るとき、もしかすると誰かは、
あなたが細胞に見えてる人もいるかもしれない。
逆に非常に大きな距離感で捉える人から観れば、
あなたは自分を含めた宇宙に見えているかもしれない。

そしてそれらすべては「無」というバックボーンに成り立っており、
行き着く先には、なにもない。
あなたのレスの答えは、「その通り」である。


951:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)23:08:32.55ID:X+L3gyPz[1/1回]
∞=無 ですかね?



953:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)23:17:58.45ID:sSjm3Hkv[3/6回]
>>951
無とは有のことである。概念であり、思考であり、エゴのことである。
無を無として指し示すことはできない。
できないが、その正体はすべてのものである。

何度も書いているが、あなたは常にゴールにいる。
それはそれまでの人生が、あなたがいまそこでそうしているために
完璧に調和された出来事の集大成なのだ。

そのように観れば、無が一段上の視野から観れば
「無と成り得ない」ことが容易に理解できる。

つまり、すべてはその通り、ただあるがままなのだ。
曲解されないように言及しておくが、

無無明、
うまく生きていくコツなんてものはない。
あなたの人生で起こるすべての出来事は、完璧なのだ。
だから苦しむ必要もないし、未来に期待や不安を持つ必要も無い。

これを「言葉」という表現で置き換えるならば、無限と呼べるのだろう。
だが、単に、あなたはあなたの人生を生きているだけなのだ。
だけども、あなたはあなたの人生の本質をコントロールできない。

つまり、受け身でしかないのだ。
なぜならば、すべてが記憶というフィルターを通じてあなたは認識するからである。

最初に戻るが、結果という視点から観ればすべては完璧なのだ。
だから恐れる必要は無い。ただ発生した出来事を楽しめば良い。


954:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)23:34:07.01ID:tXMs0VUE[3/5回]
>>953 
ものすごく納得はしてる。反論もなし。
だけど最終的にどこ目指してるの?覚者??
気付き方はそれぞれ違うけれど気付いてる人はとても多い。

苦しむ必要は無いといっても覚者でも肉体の苦しみをなんとかできたわけではない。
常に受け身でしかない。全く無痛になるところを目指すの?
苦しみや痛みや恐れはネガティブな側面だけではない。

予防、検知、危機回避。
気付いた人達が増えることによる社会の変化を楽しみに待ってるの?
引き寄せが魔法じゃなくて、気付く途中で起こってしまう単なる現象で、
それが目的でなくなれば落ち込みまくった状態以外、この気付きって何に役立つの?
否定したいのではなく、本当にたまに湧く素朴な疑問。



955:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)23:53:01.63ID:sSjm3Hkv[4/6回]
>>954
>だけど最終的にどこ目指してるの?

最終的にどこを目指してるの? それはなんだ?
私はすでに、いまここにいる。
あなたも、そこにいるのではないか?

そういう問いがでているということは
あなたは、人生をコントロールしようとしているから苦しいのだ。

人生とは、そんな小さなものではない。
ただ流れの中、すなわち「流れ」があるのだ。
流れこそが己であり、単に流れているだけである。


956:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)23:56:14.82ID:tXMs0VUE[4/5回]
苦しいとかじゃなく疑問なだけ。
だから完璧に100%受け身であることを気付くって事でしょう?
だから完全に諦めがきき苦しむ必要ないってことでしょう?

コントロール手放すなら、痛みも苦しみも
組み込まれたものだから、あるがままじゃない。
もちろん疑問も。



957:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)23:57:37.31ID:sSjm3Hkv[5/6回]
受け身とは、あなたの書く意味とは全く違う。

いま、何かしらの風景が視界に飛び込んでいるだろう
何かしらの「音」が聞こえているだろう。
それらは、発生した根源を、あなたの五感が処理して
初めて認識している。つまりすべての出来事は受け身でしかない。
では誰がそれを発生してるのだ? 

流れだ。

つまり、その発生する根源であなたは「作られている」。
あなたの性格も人格も、趣味も、好みも、
それまで生きてきたあなたの周りを蠢いてきた「根源」により
それを受け身として認識してきたからこそ、あなたという概念がそこにある。

つまりあなたは、あなた以外のそれらである。
これから起こる出来事も、なにもかも、あなたはただ傍観するしかない。
それは、あなた自身を体験していることに他ならない。


959:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:05:55.59ID:sSjm3Hkv[6/6回]
>>958
あなたのいう「余裕」「目指す」とはなにか?
それもあなたの過去人生の知識などから「知った」ものだろう。

もしかすると、あなたは自分の意思で生きていると錯覚しているのではないか?
私はあなたの言っている意味がいまいち理解できない。

あなたがいまここで書き込んでいるのは、スピリチュアルなり
マネゲ本なりとの出会う切っ掛けがあったからだろう。
では、スピリチュアルもマネゲ本もなければ、あなたはここで私と話をしていない。
あなたの行動は、それら「きっかけ」が発生したことによる、結果でしかないのだ。

では、きっかけをあなたが生んだのか?
私がいつも言っている統合的な意味では、あなた以外のすべてであるあなたが生んだのだが、
あなたの言う「自覚」は、それがなんなのか、証明できないはずだ。

ICUに入ることになったいきさつは、そういう出来事があったからだ。
そういう出来事がなければICUとは無縁である。
つまりICUに縁があったということは、そういう出来事や、ICUがあなた自身である。
あなたとは、それら根源が生み出す単なる「影」でしかない。


961:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:15:51.97ID:nk97HXeQ[1/7回]
>>960
あなたの話す「欲求」や「目指す」とはなにか。

単に朝が来るから、あなたは朝を感じているだけだ。
つまり、あなたは朝である。理屈で言えば、宇宙から観れば朝も夜もない‥は置いておいて。

以前も書いたが‥念のため付け加えておくが、
朝にしろ、スピリチュアルにしろ、時計にしても、
服も食べ物も味も感情もすべて概念である。

つまりそれらは実在していない。
ただあなたが、それをそう感じているから体験しているのだ。

そしてあなたも、単なる概念である。
そして日々起こる出来事も概念である。
この世界はすべて概念で構成されている。
だから幻や空と言われている。中身はどれだけ探しても見つからないからね。

だから、あなたが日頃感じているだろう、
「どうすれば100%受け入れられるのか」「どうすれば痛みを感じない領域か?」に付随する
様々な疑問は、あなたが目指した?その先には、ない。断言できる。

なぜならすべては、空っぽだからだ。
それをそのように観ているだけだ。

962:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/19(水)00:18:12.79ID:nk97HXeQ[2/7回]
思い込むとか、目指す、とかを忘れてしまってはどうか。
つまり、精神世界を意識しない暮らしを送ってはどうか?

たぶんあなたの求めているものは、ここにもなければ、どこにもない。

ただ、あなたの人生、それがあるだけだ。


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2017年5月27日土曜日

自分さん06 「何かが配置される」ことで、そのスペースが同時に発生するのだ。




871:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/16(日)14:34:11.10ID:Zew8AmhK[1/1回]
第一期のロバートは、プラス思考ならプラスの出来事が引き寄せられるという引き寄せ理論を
インナーCEOというような造語を使い、さも独自理論のように語っていた。

一時的にうまくいったが、破産や離婚を経験し、意識的にプラス思考にしようとしても
引き寄せ現象はコントロールできないと悟った。そこで、プラスとかマイナスという価値観を離れ、
心の歪みを矯正するメソッドを考え出し、脱出できたと思い込んだ。

ところが、脱出したはずなのに、網膜剥離が起こるとか、破産するとかの不幸が続き、
心の状態と引き寄せ現象の間にはなんの関係もないと気付き、
幸運も不運もすべて受け入れようなどと宗教まがいのことを言い出した。

引き寄せ現象はあるが、勝手に起こるだけで、人間にはまったくコントロールできない。
不運を受け入れようが、拒否しようが、まったく何の関係もない。
これが事実だ。



873:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/16(日)16:18:36.88ID:E+hVA5GJ[2/2回]
結局水の流れるように生きているとき、人は自由を感じるのだろう。
執着しないこと、目の前の状況や他人を自分の思い通りに
どうにかしてやろうと思って躍起にならないことだ。

絶望に打ちひしがれることでそのことを悟る場合もある。
だから運命は変えられるとかコントロールできるとか言って夢()に向かって
がむしゃらに頑張るのも長い目で見れば悪いことではないのかもしれない。
昔の人はそういうのを若気の至りと言った。


853 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/16(日) 12:44:25.49 ID:iQkRe/T4
観念は自ら作ったものだから自ら変えられる。
とはいえ現象自体を自分の思い通りに変えられるわけではない。
変えられるのは意味付けの方。


854 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/16(日) 13:06:26.38 ID:bpAFs/JP
>>853 
なるほど。60代になった姿は変えられないが、60代になっても
10代のような遊びが出来ないと思う必要は無いということですか。

しかしいつまでも若い感性を保ち続ける事は素晴らしい事だけれど、
一歩間違えると、10代の頃の幻想にしがみつき似合わない
ファッションなどに身を包むと単なる痛い人であるし。
強調や和を望むなら、ある程度、個を殺す必要もあるし。
変えられないものと変えられるものを見極める事が難しいものです。


875:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/16(日)23:40:38.82ID:5PB2ObSz[1/1回]
>>854
でも、こうも考えられる。
パラレルワールド的に見れば、60代の自分も10代の自分も、同時ここに存在してたりして。
で、仮に自分が今30代だとすると、60代を選べば、60代までの記憶を持った世界に行き、
10代を選べば、10代までの記憶を持った世界に行く。
しかし、どちらも、以前いた世界の記憶が無い。

つまり、次元波動の違いにより、波長(波動)の違う記憶は移行できないかと!?

では何が移行したのかと言うと、何も移行してない。
そこには、全ての次元を包括した、同じ自己意識の連続性(連続体?)があるだけ。
今の自分(30代)も、自己連続性の一部で、自分が今ここにいるという思いも、
連続性から個として切り取られた観念なのかも。



885:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)12:38:19.93ID:6e5FOdwW[1/1回]
>>875
それは>>753
つまり我々が認識するいわゆる「未来」は「過去」を包括する。
だから未来の視点から見れば、それ以前はすべて同時進行となる。
よって未来も過去もない。

ただ、我々が「不思議」とするものは、なぜ「不思議」なのか。
しかも「不思議ではないこと」を、我々はどういう根拠で「不思議ではない」としているか、
それは「不思議とするもの」と同じレベルである。

すべては我々の認識上で、不思議やら当然やらを決定しているが、
禅問答のように、「質問」こそが「答え」であり、
ただ、「質問」が存在しているだけである。

だから答えはいかように答えられるし
つまり答えはないともいえる。

スピリチュアルや精神世界は嘘である。

ただ「スピリチュアルや精神世界は嘘である。」
この文字があるだけだ。

HTMLでは#FF0000はweb上では赤として表示される。
それがどれだけ鮮やかな赤に見えても、どれだけ醜悪な赤に見えても
実際は単なる#FF0000があるだけである。

そして、どれだけ#FF0000に議論や疑問を与えても
HTMLという枠組みを超えることはできない。

あなたが目の前に白い紙に#FF0000と書いてもそれは単なる#FF0000だ。赤ではない。


886:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)12:49:03.26ID:tvmbz+yX[1/1回]
確かに超常的な現象はある。
結果的にシンクロニシティと呼ばれるものもそうだ。

だが、空気ひとつをとってもみても、見ることも触れることも
できないのにそれがあることをなぜか理解している。
これほど不思議なものはないだろう。しかし不思議ではないのだろう。
つまりすべては、勝手な自己認識の上での話なのである。

HTMLで#FF0000を青にしようする = 現状をガラっと変えて幸福になりたい

ではあなたの中で#FF0000を青とすれば良いだけなのだ。
そうしていろいろ概念を変更していけば、
いずれ#FF0000という単なる文字列があるだけと気付く。
つまり概念の先にある「それ」に気付くのだ。
すると#FF0000があなたの世界で情報を持たなくなり

そしてHTMLが崩壊する。


893:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)17:59:51.72ID:CFZx3+Z2[2/6回]
共時性はたまに起こる。でもあんまり特別視してない。
結構、どうにでもいいものにしか起こらないし意識して起きたこともない。
一番、よかったの抽選5名のipod当たったくらいかな。

だけどそれはマネゲ読む前、子供の頃
なんとなくヤマが当たって100点とれたとか図画で賞状貰えたとか
子供びいきで商店街の自転車当てたとかと、どう変わるか解らない。
子供の頃はツイてると読んでマネゲ読んでからシンクロと呼び名かえただけかも。

揶揄してるわけでも馬鹿にしてるわけでもなく、見えないものが見えだしたら怖いな。
青が見たくてHTML破壊ならマゾや色盲とどう変わってくるのかもいらぬ心配だけどしてしまう。
皆と同じ価値観の元、物理的にちょい幸せ望んでたのに、病院行きや出家いきは悩むな...。

今、仕事いってるから余計、そう思っちゃうのかもしれないけれど
常識は捨てず100点目指さず60点目指して大金持ち望まず年一回の旅行望んで
こつこつ毎日楽しむってオーソドックスに気付かす為に旅にださせられたのかなと
思ってきた今日この頃。



895:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)18:30:41.78ID:Wk4sOpFh[1/1回]
>>893
>結構、どうにでもいいものにしか起こらないし意識して起きたこともない。

私はあなたのその言葉の中に、神秘と知性を感じるよ。
なぜ「どうでもいい」「重要」を問わず、
あなたの直接体感する世界の中で「起こるのか」。
そしてそれらはなぜ「意識せず起こる」のか。


894:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)18:11:22.56ID:oXVj5u0L[1/2回]
>>885
HTML破壊であればいいけど、経済的壊滅、
家庭崩壊し始めたんですけど、これでよろしいでしょうか。

すべて自作自演でわっはっはーと笑い飛ばせばいいですね。
病院行かなくちゃw。



895:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)18:30:41.78ID:Wk4sOpFh[1/1回]
>>894
>HTML破壊であればいいけど、経済的壊滅、
>家庭崩壊し始めたんですけど、これでよろしいでしょうか。

あなたがその状況に悲観しているのならば、#FF0000が赤であり
青にするということは、その逆に感じ取るということだ。
つまり視点を変えれば、そしてそこから連鎖的に繋がる出来事から見れば
プラスだったのかもしれない。そしてプラスもマイナスもないことを知る。

あなたという世界感(HTML)では、経済的壊滅(#FF0000)は、悲観(赤)でweb表示される。
しかし青、そしてそれらは色などなく、単なる#FF0000であることを悟るのだ。


902:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)20:08:53.76ID:RRnWO0uS[2/3回]
>>885
HTMLという枠組みを超える。
言うなれば、集合意識のもつ概念を超える!?
むずかしいです。



907:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)21:59:51.30ID:3zw6ev1M[1/4回]
>>902
しかしそのHTMLすらも概念である。
個別のHTMLタグを発生させる「空間」であるが、
HTML自体が、上を見れば「OS」という空間の中の単なるプログラムである。

そしてOSの上にはまた「何か」があり、その上にも「何か」がある。
しかしHTMLタグのレベルからでは、それら「何か」は認識できない。

なぜならプログラムそのものが違うからだ。
CPU内部のアーキテクチャーにHTMLは存在できない。

このことから、最底辺レベルにあるのは、#FF0000を「赤」と表示する「概念」であり、
通常その概念に満ちた世界に我々はいる。


912:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)22:22:00.52ID:3zw6ev1M[2/4回]
エックハルトトールが、「部屋」はそれ自体を指し示すことはできない。
壁や床、天井はあるが、それらは「部屋」を示しているのではない。
そしてその部屋に、机やタンスが配置されることで「部屋」という空間が生まれるのだ、とある。

その空間が「無」であり、どんな音にも、
それらが発生した時点で裏側の「沈黙」も生まれる。

ここからは私の解釈だが、
つまり「無」が最初にあるわけではないのだ。
さらに「部屋」という、カタチと同時に生まれた空間は、
「家」というさらに包括する空間の「有(仏教でいう色)」であり、
その視点からは「無」ではなくなる。家は「町」なりの「有」である。

つまりどこまで行っても完全な無など存在しないのだ。だが「無」は「無」である。

カタチと同時に無が生まれる(この表現は正しくないが)、
ということはカタチは無であるとも言える。
だから目の前のコップを消し去ることは可能である。
なぜならば「そこにある」ということは、「そこにない」を包括しているからである。

これが何を意味しているか。
つまり、「概念」を消し去れば、それ自体は認識できなくなるのだ。
感じるだけである。

例えば登山道の足跡を見て、また整然と干された洗濯物を見て、人の心を感じないだろうか?
例えば何もない窓辺に、以前置いてあった花瓶を感じることができないだろうか?


913:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)22:40:03.58ID:3zw6ev1M[3/4回]
スピリチュアルに興味を持ち始めると
「無」という空間にビッグバンが起こり、「有」が生まれたと誰がも考えてしまう。
つまり「無」という日常に出来事が起こり、生命が生まれ、景色が視界に入り、
そしてそれらは再び「無」へ過ぎ去っていく。

だけども、何かがあるから、裏側にそれを支えるスペースがあるのだ、
と解釈したときに人生観がひっくり返るだろう。

もう一度書くが、「ある」は「概念」だ。
そして「概念」は、それ自体が存在するために「スペース」を発生している。

かるた、トランプなどと同じである。
1枚1枚、絵柄などが書かれているが、それら絵柄の背景には、
絵柄を描くための個別のスペースがある。
そしてそのトランプの束を置くテーブルがあり、(トランプ側から見れば、テーブルが空間、つまり無)
さらにそのテーブルを置いている床がある。(テーブルから見れば床が空間である)

これは何を意味している?
「無」も概念である、そういうことである。

では我々の概念世界で指し示される
「大いなる意識」「本来の自分」と言われる「無」は概念なのである。
ただし、ここで大きな発見がある。

「何かが配置される」ことで、そのスペースが同時に発生するのだ。
つまり、あなたという概念が世界に発生したから、
あなたの「今」という空間が常に発生しているのだ。

しかし前述したように「今」も概念である。
概念であるということは、#FF0000を「青である」と同様に認識することができるのだ。

あなたの世界はバラ色なのである。素晴らしいという意味でのバラ色だ。


914:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/17(月)23:09:27.08ID:3zw6ev1M[4/4回]
つまりあなたこそが「無」である。実際は実在していないのだ。
だが「無」であるがゆえに、実在を「感じる」だろう。
なぜ感じるのか、「自分ここにいるじゃん、」となぜ思うのか
それは概念が作用しているからだ。

つまり概念を生み出す思考がなければ、あなたは実在を認識できない。
熟睡状態だ。だが厳密にいうと熟睡状態は「無」ではない。
なぜならば思考による「概念」がいないからである。それらは「対」の関係である。
では思考とはなにか。

思考が発生するためには、そのスペースが必要である。
つまり思考なり、すべての事象や物体、出来事は、無の上に成りなっている。
だが無というものは、単一では存在できない=存在を捉えることができない。
あえて語弊のある書き方をすれば、何かが発生したときに、
それに対応した無が発生しているだけのことなのだ。

しかし個別の「無」は、さらに大きな視野から見れば、無ではなくなる。
さきほどのレスに書いた、テーブル→床→部屋→家→町‥ というように
それ自体を包括する抽象レベルを認識した途端に、無たる空間は、有限のものへと変容する。

我々の瞑想は、個別の無を、一段だけ大きな視点から観る(感じる)ことで
無を有形化しているに過ぎない。ただしそれがヒントとなるだろう。

概念こそが、すべてを変容させるマジックであり、
誰もが、個々の描いた通りの世界を体感できるのだ。


916:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)00:07:36.81ID:mSrS66Ms[1/1回]
「それ」という純粋無垢な何かは、ない。
「無」という空間に「有」が生まれ消え行くわけではない。

概念を与えたときに、それを投影するスクリーンような「無」が発生する。
その繰り返しである。
つまり「それ」があると思い込んでいるだけで、
概念を剥がしてみると、なんと何もないのだ。

外を歩けば、アスファルトに電柱に看板に通行人に自転車にと、
いろいろ遭遇するが、それらは「概念」を通してあなたは見ている。
そして一般的なスピリチュアル論では、概念を「通さずに『それ』を観れば」
純粋無垢な「それ」を感じることができる、と伝えられている。
そして形あるものにしろ、出来事にしろ、
単一の「それ」が生まれるのが「無」である、とされている。

私はそうは思わない。
そもそも単一の「それ」は、概念を剥がしてみると、ないのだ。
なぜならば、概念とセットに「無」というスペースが発生するからであり、
概念を剥がせば「無」があるだけ。
ただし、無という共有空間があるのではない。

無は概念にくっついている。
「それを観れば概念が‥」ではなく、「観れば概念が‥」なのである。


917:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/18(火)00:12:19.34ID:CL8fXihbs[1/4回]
よって、あなた自体が「無」である。


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2017年5月19日金曜日

自分さん05 今を感じるということは、つまり「あなた」自身を感じるということだ。




778:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:08:14.03ID:i39o/+9a[1/3回]
>>773
だってお金大好きだもん。
だから内容よりお金に目が行くの当然だもん。
けど内容にふか~~く目がいけば沢山のお金とるのに疑問もわくもん。



779:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:12:19.60ID:rEcgG32Q[3/20回]
>>778
では、マネゲ本がこの世のなければ、いまのあなたは疑問に苦しむこともなかったのだろう。
そしてその苦しみと一緒にある「読んで得られた楽しさ」もなかったのだろう。

あなたにとって、世界のすべてが胡散臭いのだろう。
ではすべてを手放してはどうか。

上でも書いたが、金持ちになりたければ、あきらめたら良い。
その意味を後で教えてあげよう


780:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:16:30.00ID:i39o/+9a[2/3回]
違うよん。お金が欲しいはエゴだもん。
だから本にも自分のエゴが投影されるから
金儲けに腹立つの当たり前だもん

それ自覚してそこ超えたら、否定や怒りじゃなく
大金とることに疑問を覚えるようになる時もあるんだもん。



781:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:20:17.10ID:rEcgG32Q[4/20回]
>>780
ほお。あなたは面白い。
そういう包括した視線が「すべて」なのかもしれないな。
またひとつ勉強になりました。


782:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:23:52.47ID:OhOoMkTm[1/6回]
観念がなくなっても存在が消えるわけじゃない。

生まれた時から観念はあったか?
観念は経験による記憶によって作られるものだ。
だから記憶と予測という想像なしで存在を認識する必要がある。
そして過去の記憶や将来なりたい自分ではなく純粋な存在としての自分が残る。

キリストの言った「汝、幼子のようにならなければ天の国に入る事はできない」とはそういう意味だ。


784:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:30:18.68ID:rEcgG32Q[5/20回]
>>782
私の過去のレスを読んでいなかったら申し訳ないのだが、
あなたが書いていることは、私がこれまで書いていることをなぞっている。

つまりあなたの疑問は、私がいま現在抱えている疑問と同じである。
では現実問題、すべての概念を捨ててしまったら「無」しかありえない。
「それら」を感じることがすべてになってしまう。

それは完全に脳死状態(私はそう例えるしかできない)である。
あなたのいう「純粋な存在としての自分」とは、私はそのように達観する。

キリストのその話はわたしも好きだ。あなたのいう通りである。
だが、それは「心から本当に求めたいのか」と問われれば私はまだ幻想にいたい。


785:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:37:52.05ID:OhOoMkTm[2/6回]
>>784
幻想の中で戯れていたいならそれでいい。
だが悟りとは幻想を超えて実在を見出し、そこに溶け込む事にある。
幻想の中にいる限り、どうあがいても「悟り」とは程遠いんだよ。
幻想という夢から覚めて初めて覚醒と呼べるのさ。



786:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:42:05.26ID:rEcgG32Q[6/20回]
>>785
その意見に対しては反論がある。
そもそもこうして、2ちゃんねるなるものに書き込みをしている時点で幻想の世界だ。
つまり幻想の世界にいなければ、何も表現できない。
つまりあなたの言う「悟り」は決して表現できないものだろう。
それは私も理解している。

では、この人生の中で悟りを表現することは不可能か?

それは違うとも言える。
なぜならば、「悟り」という概念自体が「単なる私の生涯の中の、単なる存在」であるからだ。
そう理解すれば、幻想こそが悟りとも言える。
自ら作り上げた概念こそが悟りの境地とも言える。

よって答えはないのだ。
ただ私の疑問は、なぜ私は私なのか、ただそれだけだ。


787:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:51:25.36ID:OhOoMkTm[3/6回]
>>786
なぜ私は私なのか?
そこに意味を求める事が既に幻想だ。
物事に意味を求める以上、答えは幻想だよ。
存在に意味は必要ないんだ。

悟りが幻想だというならそれでいいさ。
でも今の君には辿り着けない場所がある。
それも幻想だと思うかもしれないけどね。



788:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:53:56.26ID:rEcgG32Q[7/20回]
あなたは単に私の話をなぞっているだけだ。
私は何も求めていないし、大して疑問にも感じていない。
少しテストをしてみただけだ。

だけども、あなたは私である。感謝をしている。


789:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:56:22.93ID:rEcgG32Q[8/20回]
ちなみに、私はあなたである。それはあなたが一番よくわかっているだろう


790:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)01:00:05.53ID:OhOoMkTm[4/6回]
>>789
幻想の中でそれを言っても妄想でしかない。



791:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)01:03:33.37ID:rEcgG32Q[9/20回]
その通り、つまり「幻想」こそが「悟り」なのだ。
そして「幻想」こそが「悟り」ではないのだよ。


792:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)01:04:49.82ID:rEcgG32Q[10/20回]
このすべてがすべてである。


795:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)01:13:13.19ID:rEcgG32Q[11/20回]
よろしい。
では先に書いた「金持ちになるには、あきらめろ」を伝えよう。

まず、なぜ金持ちになりたいかを突き詰めなさい。
それは「安心」に行き着くだろう。つまり安心が欲しいのだ。

では安心とは何か。概念である。
概念である以上、「求める苦しみ」が発生する。

金持ちになりたい、と思うから求めて苦しいのだ。
あきらめるとは、それを意識しなくなる、ということである。
つまり、それ自体に概念を与えないということだ。

金持ちになりたい=安心したい=概念

その概念を放棄することにより、苦しまなくなる。
つまり、安楽が訪れる。


金持ちになりたい、そうすれば安心だ。
ということが、金持ちになりたい意識を捨て去ることにより
安心を得られるという矛盾。

しかし矛盾ではない。それがマネーゲームの脱出である。


824:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)21:34:33.60ID:rEcgG32Q[12/20回]
さて今日のテーマは「いまに在る」だ。
私は瞑想を日課にしている。私に相性が良いのは歩行しながら瞑想する歩行禅である。
もう癖みたいなもので、何をしていても「今に在る」ことを忘れていない。

昨夜頂いたレスの中で気になるものがあったんだが、
完全な概念崩壊は可能である。つまり熟睡状態や、死である。

だが「完全な概念崩壊がすべてであり、それ以外はまやかし」という意見については賛同できない。
日頃の瞑想をしている人は理解できると思うが、「自我」と「今に在る」は割合というか、バランスがある。
ある程度瞑想に慣れてくると「いま、自我と「それ」は半々ぐらいだな」みたいなことが概念の上で認識できる。
もちろん概念を完全放棄している状態だと、認識どころか歩くことも「表現できない」。

基本的に「いまに在る」というのは、ただ今起こっているすべてを「感じる」ということだ。
肌に触れる風、気温、周囲から聞こえる音、視界に飛び込む光。
それらを「思考を介してレッテルを貼ることなく」ただ、感じるということだ。

「思考を止めなきゃ」とやり方を間違えている人もいるが、
思考を止めるという行為が思考によるものなのでそれは不可能だ。
だけども、今に至りながら、それを認識するという「自我」を両立させることは可能である。
慣れればね。

瞑想についてだが単に五感のどれかを感じていれば簡単に思考は止まる。
だが思考が止まっているということ「思考」すれば元に戻る。

例えば目に意識を持っていく。
目の細胞を意識してもいいし、単に目の周囲の筋肉を硬直させてもいい。
その状態で視界を「感じる」と、いつの間にか思考は止まっている。
だが止まっていると認識すれば、瞬く間に自我の世界に戻る。
そして、また五感のどれかに集中し「今」に入る。

感じるという行為は、思考を完全に静まらせてくれる。
簡単なことだ。今を感じる、それは完全なリラックスを意味する。
私は瞑想に出会うまで、思考によるリラックスを行っていた。
つまり「考えている間、休まる」である。

だがいまは、本当の意味のリラックスを得ることができている。
思考からも体からも完全な自由を得て、さらに時間からも解放されている。

さて、では「今に在れば」一体なんなのか、それを今夜は伝えていこうか。


825:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)21:45:16.86ID:rEcgG32Q[13/20回]
まず理解しなければいけないのは、あなたが「今」見ている風景や
「今」聞こえている音、「今」感じている温度などは、すべて過ぎ去った記憶である。
だから「今」自体も実は本当の意味での「今」ではない。
感じる時点で、記憶を読んでいるだけなのだ。
これが何を意味するのか。

あなたは記憶でできているのだ。
つまり、記憶がなければすべてを認識することができない。
記憶こそが概念であり、五感であり、幻である。

ではここでひとつの疑問にぶち当たる。

記憶があるということは、その行為があったわけだ。
物を見たから、「見た」という記憶があり、見えたものを後々になってあなたは「知る」。

では「その行為」をしているのは一体誰なのか?
この答えをいまから書くが、いちいち表面だけの反論はせずに一旦じっくり考えてほしい。
私からのお願いだ。








我々が認識できる範囲、つまり概念の上での説明でしか伝えることができないが
その行為をしているのは、なんと自分である。

でもおかしい。
記憶でしかすべてを認識できない自分が、どういう意識でその行為を行っているのか?
いや、その質問は間違いだ。
正しくは、「どういう意識でその行為を"行っていた"」である。

行っていたのである。
誰が?
自分が。
まるで他人ごとのようだ。 

続く~


826:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)21:52:14.74ID:rEcgG32Q[14/20回]
行為を行っていた。自分が。認識した時点ですでに結果である。

あなたが体験する日々の出来事は「起こっている」。
それら起こっている出来事は、実はあなたが起こしているのだ。
ここでいうあなたとは、マネゲ本でいうところの「本来のあなた」というやつだ。
だけども「本来のあなた」とか「大いなる意識」とかいうのは、単に自分のことだ。

あなたが、自分と思っているのは単に概念の重なりであることは以前にも書いた。
あなたの正体は、「あなた以外のすべて」である。

出来事は起こる。
起こる出来事に、あなたは体験する。
体験した記憶で、あなたは「体験したのだ」と認識する。

じゃあ、体験したのは誰か。
答えは、出来事だ。もっと突き詰めれば「出来事が起こる」の「起こる」が答えだ。
つまり「起こる」こそが、あなただ。オカルトではない。
よく考えてみれば‥つまり思考でもここに行き着くだろう。

イチローが幼少の野球と出会い、いまの彼があるわけだが、
幼少にサッカーと出会っていたら、いまはサッカー選手なのかもしれない。
イチローがイチローではない。
野球と出会わせた「出会いという出来事」がイチローなのである。


827:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)21:57:51.37ID:rEcgG32Q[15/20回]
まあ現在の自分に置き換えて考えてみれば理解はしやすいだろう。

あなたが今、サラリーマンだとする。
あなたはサラリーマンだ。毎日電車に揺られて出社する。
そういう光景を毎日見ているだろう。

あなたは、あなたを見ているのだ。
つまり、あなたが感じている「すべて」こそがあなたである。


さて「今に在る」に話を戻そう。
今に在るとは、リラックスしている状態だ。
リラックスとは、平安である。不安も悩みもない。今にあるから、未来や過去に振り回されない。
ただ、「いま感じていることがすべて」の境地である。

その「感じているすべて」が自分であったことは容易に気付くだろう。
つまり無限なのだ。


828:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:06:36.99ID:rEcgG32Q[16/20回]
生活の中で、みんなそれぞれ悩みや不安があるだろう。
悩みや不安があなたである。

あなたは「あなたの作り出した」いや、あなた自体である
「悩みや不安」の中でしか生活を送ることができない。
いわば水槽の中の魚である。水槽が、本来のあなただ。

だが水槽は単なる定義である。
いくらでも大きくもできるし、豪華な水槽にもできる。
ただし、「大きい」も「豪華」も概念だ。

‥さて、私が何を言いたいのかわかるかな。

あなたは常に幸福なのである。
貧乏でも辛い現状があっても良いのだよ。
あなたの人生はなんでもいいのだ。それを理解しなさい。


830:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:11:56.98ID:rEcgG32Q[17/20回]
あなたは、あなたが見ている世界でしか生きられない。
なぜならば、その世界があなただからだ。
世界があなたということは、常に守られているのだ。

魚は水を知らない。常に水の中にいるからだ。
生まれたときから今に至るまで、ずっと水の中にいるから水を認識できない。
知ることができないのだ。

だが魚が水から飛び出したとき、水の存在を知る。

ずっと知らないものに守られていたと気付く。
そして「水」があったから自分があったと理解する。
「水」が自分だったと悟るのだ。


833:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:16:30.06ID:G7dCdKeJ[5/8回]
>>830 
表面的理解で周りの人が何も解っていないと思ってしまうのは何故?
自分だけの世界があり他人はいないに気付いた後、陥りやすい間違いもある。



835:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:20:37.08ID:rEcgG32Q[18/20回]
>>833
そういう世界にあなたは生きているのだろう。

他人は存在するよ。
だが、あなたの概念を通したカラーで、その他人を観ていることになる。

マネーゲーム本の中で、他人のそれぞれの世界がどう成り立っているか、
それは作家が「作家は嘘つき」‥みたいな感じてで書いていたが、
彼はそのあたりについては理解していないようだ。
というか、どう説明していいかわからなかったのかな?

全部、存在してるんだよ。
ただ、概念を通してしか、己は他を認識しないだけ。


836:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:23:59.67ID:rEcgG32Q[19/20回]
今を感じるということは、つまり「あなた」自身を感じるということだ。

あなたは、現在の状況の中にいる。
つまり状況があなたを作っている。
よって、状況こそがあなたなのである。


837:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:24:22.51ID:G7dCdKeJ[7/8回]
>>それは作家が「作家は嘘つき」‥みたいな感じてで書いていた

時期がきてなかったんじゃないですか?
もしくはイチローがサッカーに出会わなかったように出会う必要がなかったか。



838:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)22:25:58.45ID:rEcgG32Q[20/20回]
なるほど、その通りだな。
彼にとって、その認識は世界に必要なかったのか。

また勉強になりました。ありがとう。


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2017年5月12日金曜日

自分さん04 幻想の世界で生きているならば、都合良く概念を書き換え、大いに楽しむこと。




750:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)21:12:24.95ID:gF9MI9z/[9/19回]
さて今夜はあなたたちが必死に囚われている「概念」について話してみようか。

2ちゃんねるで交わされる文字だが、
そこには「文字という直線や曲線で構成された形状」があるだけだ。
会話にしても「音波」が繰り返し行き来しているだけだ。
そこに「内容」が入るから、それぞれの無機質なカタチは色を持つことになる。
それこそが、概念といわれるものだ。

あなたの目の前には、様々な「物体」があるだろう。
「パソコン」という名前を与えられ、使い方を与えられ、役割を与える。
「ティッシュ」という名前を与えられ、役割を与える。
だがそれら「内容」がなければ、単なる物体である。
さらに「物体」という視覚情報すらも「内容」であり、それすらも認識しなければ
何もない状態となる。これが「無」である。

このスレッドの意見の交わし合いもわかるとおり、
所詮は文字という形状が並んでいるだけである。
だが、この文字の羅列は「青」という内容であるらしく、
こっちの文字列は「赤」という内容らしい。
だから「それぞれが違うものである」と主張をしているようだ。
だがどちらも単なる文字だ。黒い直線や曲線が重なり合った絵のようなものだ。

これは何を意味しているのか。
どれだけ「分離」を作り出しても、しょせんは大きな枠組の中であるということだ。
日本語が読めない外国の人がこのスレッドを観れば、
日本の文字であることは知識としてあるかもしれないが、
どこに対立がありどこに「色の違い」があるのかは理解できない。
ただ、日本の文字らしいものが、調和として目に映るだけである。

だから一段、さらに一段、抽象的な視点で物事を観ていくと
どんどん調和されていき、最終的には必ず「無」にたどり着く。

山田町にいる。東京にいる。日本にいる。アジアにいる。地球にいる。太陽系にいる。
これはどれでも同じ意味を指しているが、細かな「内容」がどんどん破棄されていき
抽象化=調和していくのが理解できるだろう。最上階にあるのはワンネスだ。

つまり「概念」は分離の象徴であり、仏陀のいう「苦」以外のなにものでもない。
ちなみに、「幸福」というそれ自体も概念である。だから幸福すらも苦なのである。
行き着いた先には、幸福すらもない。だから至福の世界なのだ。


753:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)21:28:33.40ID:gF9MI9z/[10/19回]
はい、次は時間について語ろう。時間は存在していない。

わかりやすい例として、あなたが最近読み始めた漫画があるとする。
面白くて読みふけるあなた。
主人公が様々な四苦八苦し、山あり谷ありの展開を乗り越え
期待や不安に「この後どうなるんだ!?」と目が離せない。
感情移入が高ければ高いほど、どっぷりその漫画の世界にのめり込む。
そして最終話がやってくる。すべての物語が決着し、その漫画の最後のページを閉じる。

さてしばらしくて、あなたはまた同じ漫画を読み始めた。
最終話も物語のオチを知っているあなたは、
どんな意識で「様々な展開に四苦八苦」している主人公を観ているだろうか?
結末を知っている状態で、まだそこに至っていない主人公や物語を観ている。
つまりすべて内包した世界を時間の概念を飛び越えて認識しているのだ。

主人公が苦悩しているシーンを読んでいても結末を知っているあなたは
「そうそう、ここで苦しむんだな、でも大丈夫なんだよね」と
初見の時とは違う意識で捉えることだろう。
つまり常に安心しているのだ。

これをそのままあなたの人生に置き換えて考えてみてほしい。
今日のあなたは昨日までの結末を知っている。
3ヶ月前でも昨日でも、5年前でもまるで夢の中のような記憶があるだろう。
それらは過ぎている。夢のようではなく、本当に夢なのだ。
だからあなたがいまいるそこも、夢の中なのだ。理解できるかな。

今日のあなたが過去のあなたをすべて内包しているわけで、つまりノンリニアだ。
記憶の連続性により錯覚しがちな「時間」は実は存在していないことになる。

あなたが花瓶を買ってきて、窓際に飾っていたが、落として割れて、いまはない。
そこにはなにもないが、あるのだ。


755:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)21:41:19.57ID:gF9MI9z/[11/19回]
無から生まれ無へ消える。
本当にあったのか?
本当にないのか?

どちらでもない。そういうことを探しても無駄だ。
海の中で「海はどこにある?」と探しているかのよう。
だがいったん気付けば、もの凄く単純なものである。

目の前にパソコンやティッシュがあっても、それらが本当は何なのか、誰もわからない。
以前も書いたが、外的に付与される幾多の概念の組合わさりにより
「内容」を認識するが、それ自体を指し示してはいない。
それらは「無」であるがゆえ、本質はないのだ。
森羅万象、すべては無である。
生物も、感情も思考も、ないのではなく、無なのである。

あと、金持ちや恋愛にこだわる人が多いがあきらめなさい。
あきらめれば、いずれ手にしている。
どういう意味かは、実際にそれを体験すればわかる。

嘘でもなければ、なんとか体験でもない。リアルな話だよ。

無限の富の意味もわかるだろう。
たぶん今の認識で理解しているものとはかけ離れていると思うが
最高の満足を得られることは間違いない。


756:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)21:51:58.22ID:gF9MI9z/[12/19回]
最後に伝えておくが、昨日も書いたように
どんな状態でも「それこそがあなたの人生!」だ。

これも文章では非常に伝えにくいが、すべてあなたなのだ。
通り過ぎる車も、やかましいファミレスの若者も、
テレビの可愛いアイドルも、ギターも服も、資産家も政治家も、
それら「概念」があなたの認識世界の中で組合わさり、
重なり合った「隙間」こそが、あなたなのだ。
要は、それらがあなたである。

たくさん眠りたい!もっと寝たい!それが夢だ!
という人は、たくさん睡眠できること、に視点が行きがちだが
実際は、眠りたくなるような疲れる毎日があるからこそ、眠りたいのだ。
ラーメン好きも、ラーメン以外のものも食べているから、ラーメンが好きなのだ。
「それ」は「それ以外」で構成されいる。
暑いは寒いがなければ存在できない。

これが「あなた」とは普段自分と思っている以外のすべて、ということである。
一元論がどうこうと主張する人が多いが、
一元論が存在するためには、それ以外が必要だ。

だがそれらもしょせん「概念」を超えることができず、
実際は、どちらもなく、ただそれがあるだけなのである。
だが単一では「それ」を認識できないから、我々は夢を見ている。(見さされている)

1-1=0
あなたの見ている世界のすべては、あなたを通して、初めてその世界を認識できる。
だからあなたは生まれたのだ。そのためにあなたはいるのだよ。


757:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)21:57:49.80ID:MbDqpmYa[7/8回]
>>755
主観的に言えば、この世界は、アハ体験という気づき(理解)で成り立ってるのかなと。
五感に感じた全てが、気づきだと思うわけです。

そうじゃないと、「視れども見えず、聴けども聞こえず」状態で、

物事の認識が出来ないと思うからです。
しかし、物事への気づきの深さも然りですが、行為をしているこの
「私(自己アイデンティティ)」に気づいていることこそ第一かと。
この「私」こそエゴの基盤であり、全てがここから生じているわけでしょう。

そしてこの「私」を自覚してる状態が、
貴方が思ってるかも知れない有意識状態だと、勝手に想像してるわけです。
貴方が言ってる、もっと自分の体に意識を向けることも、これへの方便かと。

そしてまた貴方のこのレスを見ているのもまた「私」でしょう
自分は、常にこの気づき(自己観照)状態を保っていようとしてるわけです。
これがつまり、アハ体験をするための、アハ体質づくりではないかと、
そのように偏見してる次第ですハイ(爆汗)



758:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)22:02:34.27ID:gF9MI9z/[13/19回]
>>757
ああ、その通りだ。

私という存在を見て、なんらかの概念を持つだろう。
その概念こそが、隙間であり、あなたを構成しているパーツのひとつだ。

あなたの部屋の明るさ、気温、音、物体、すべてにあなたは意識を向けたとたんに概念を持つ。
だが概念は「それ」を指し示しておらず、単なるあなたの「印象」だ。
つまり、そういうありもしない幻で我々は構成されている。


759:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)22:04:13.59ID:gF9MI9z/[14/19回]
体に意識を向けることで、概念を持たずに「それ」を「感じる」ことができる。
つまりパソコンと言われるものを「パソコン」とは認識せずに、
「それ」を感じることができるのだ。


760:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)22:23:53.93ID:MbDqpmYa[8/8回]
>>759
有難うございます。
このような話を聴くには、今までの観念(エゴ・思考)が邪魔になると思います。
でも、その雑念なる観念(思考・エゴ)が身を引いた時(悟りの状態?)、
自然と話の流れに身を置いてるのだと思うわけです。

このことを中村天風と言う人は、自覚正念と言ってるようです。
それは「意識が明瞭な状態で、一切の雑念がカットされて本来の知恵が発露し、
そしてリラックスしながら高度に集中している状態」とか!?
だからつまり、本当に聞いたなら、それは目覚めたと言う事になるんだと思います(汗)
何度も繰り返し読む必要がありそうです(爆汗)



761:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)22:33:09.64ID:gF9MI9z/[15/19回]
>>760
本当に聞くもなにも、「それら」は常にあなたの周りにあるよ。
概念レベルならば「それ」をどう観るか、ということになる。
まあ、貧乏でも幸せと感じる人もいるし、金持ちでも苦しいと感じている人も多い。
結局は「それ自体」が何かを生み出しているわけではなく、
すべては切っても切れない「概念」に支配されてしまう。

だが概念は変容できるものだから、都合良く解釈していればいいんじゃないかな。
結局は、こういう精神世界の話は忘れてしまうに限るのだ。
そして、瞬間瞬間に訪れるすべてを感じきりながら生きることで
永続した充実感を得られるだろう。


763:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)22:45:29.43ID:auGriPLe[1/5回]
なんか毎日書き込んでる人がいるけど、
上から目線で説教されてるみたいで気分悪い、、、

でも、こういう気持ちになったときこそ、プロセスをする機会だよね。
おかげで、自分の卵を割るきっかけになったんだし。

この幻想を創った自分にありがとう。
きっかけをくれたあなたにありがとう。
そのプロセスにありがとう。

あまりにリアルな幻想だから、ついつい引き込まれそうになったよ!笑



766:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)22:54:26.74ID:gF9MI9z/[16/19回]
>>763
「書き方」に印象を持つこそ概念の象徴たるものだな。

アインシュタインに上から目線で理論を説かれるのと
満員電車の座席で寝転んでる学生に上から目線で文句を言われるのでは何が違うのか。

つまり、アインシュタインも学生も、私も「それら」は何も力を持たない。
あなたが作り出した概念により、あなたは振り回されているのだ。
そう、いまこそプロセスだ。

体を意識するのもいいよ。


767:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:01:48.37ID:auGriPLe[3/5回]
>>766
前半2段落の意味がよくわからん、、、
中学生にもわかるように三行でオナシャス
オレは簡単に説明してもらうのが好きなんだよw



768:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:05:21.20ID:gF9MI9z/[17/19回]
OK。

つまり、誰かが何かを話している、それだけのことなのに
あなたは、その人の「話し方」「態度」「肩書き」により
印象を作り上げている。それが苦しみを生んでいるんだよ。

プロセスとは、そういう「印象」=「概念」を客観的に観ることで
本来の「それ」を「感じる」ことが可能になる。

それを続けていると、いかに自分が「印象」で世界を判断し
その作り上げた枠組みの中で苦しみ続けていたかを気付くことができる。


771:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:29:44.75ID:gF9MI9z/[18/19回]
>>767
付け加えておくが、概念を持ってしまっているあなたに罪は無い。
こういう話をしよう。

ある人が幼少時代、赤い下着を着けていたことでイジメに遭い、
顔が四角いという理由で異性から笑われた。

その人がいま、郵便ポストに怒鳴り散らしている。
その人からすれば切実な拒絶反応だ。
だが、周りから観ればクレイジーである。これが概念の愚かさだ。
だがその人に罪は無く、その人の「記憶」=「概念の元ネタ」による支配であることがわかる。

誰かにイラ立つとき、その誰かの言動なりに
過去に嫌な思いをした記憶が蘇らされるからである。
つまり、その目の前にいる誰かは何も悪くない。

マネゲのプロセスでいう本来の自分とは、単に自分のことである。
すべてデッチ上げというのは、自分で作り上げた概念に振り回されているから、ということである。
だから世界は自分なのだ。

じゃあ、それら概念を取っ払えばどうなるのか。
いや、五感がある以上概念は取っ払えないから(五感の認識自体が概念である)、
概念を都合の良いように変えればいい=世界は自在に変えられる。

ただそれだけのことだ。


772:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:43:42.25ID:auGriPLe[4/5回]
>>771
うん、言っていることはよくわかるよ。
自分がストーリーを作ってて、それがなければ自由になるってことだよね。

でもオレが違和感を感じるのは、
なんか押し付けられてる感じがするってことなんだよね。
ぶっちゃけると、なんとなくかすかなエゴの香りがして気持ち悪いの。

それが自分の中にあるエゴのせいだというのは頭で理解してるんだけど、
きっとそれをハートで理解できてないんだろうね。

ごちゃごちゃ考えてたら、なんか眠くなってきちゃったww



773:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:50:05.75ID:gF9MI9z/[19/19回]
>なんか押し付けられてる感じがするってことなんだよね。
ぶっちゃけると、なんとなくかすかなエゴの香りがして気持ち悪いの。

自分で押し付けていることに、早く気付きなさい。
あなたから見えている私は存在していない。
でもあなたには、あなただけの「私」が見えているだろう。

そのまま生きていくのも良い
何か変えたくなったら変えてみても良い

マネーゲーム本の著者も
その他のスピリチュアルな伝道者も
「金儲け」が交わることで、誰もが印象を変えてしまう。
この意味に早く気付きなさい。

すべては、あなたがたのために、ただ存在しているのに
あなたがたが、すべて灰にしてしまっているのだよ。


774:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:53:05.06ID:UE6pTVVn[12/12回]
実際のところプロセスの目的は物事の価値を作ってる観念の崩壊を促すものだと思うけどね。
全ての幻想である観念を崩壊させる事により結果的に
「実在」に辿り着くというのが作者のやりたい事ではなかろうか。

「実在」というのはヨガでの呼び方で、
「本来の自己」であり、仏教では「空」、老子は「タオ」と呼ばれるものです。



776:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:01:53.26ID:rEcgG32Q[1/20回]
>>774
その通りだが、現実的には概念は崩壊できない。脳=五感は概念を認識する器官だからだ。
認識が消えてしまうということになる。それは確かにあなたのいう「空」や「タオ」である。
だがそれだと、あなた自体も概念であるがゆえに消失する。
熟睡中は感情も思考も記憶もないのに、心臓も動いておれば呼吸もしている。
それが境地である。

だが、そうなりたいのか? つまり脳死状態だ。
いずれ死という、安楽の境地に至るわけであり、概念の完全崩壊はその時に任せよう。
幻想の世界で生きているならば、幻想を大いに楽しむ=概念を都合良く書き換えることが
ベストだと、私は思う。


775:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/14(金)23:59:06.48ID:auGriPLe[5/5回]
>>773
そうそう、自分でおしつけてるんだよね。
まったくそのとおりで、いっさいの異論はございません。
オレは今までの人生でずっとそれで苦しんできたし、
そこから成長したいと考えているんだよ。



777:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2013/06/15(土)00:04:33.79ID:rEcgG32Q[2/20回]
>>775
よろしい。
成長したい、つまり現状の自分=世界を変えたいわけだよね。

ならば、印象で判断しない。
あなたはそれだけで一気に昇華できるよ。

私もあなたと関わることで学べた。
こうして、ここで出会えて光栄です。ありがとう。


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