2017年7月22日土曜日

自分さん12 「脱却プロセス」と「世の仕組み」について



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277 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/28(金) 00:32:08.61 ID:6lw0Y4Qf
脱却プロセス

1.今に在る(目の前の出来事しか察知できない野良猫のように在る)
2.その状態を認識してる「それ」に気付く 見たり聞いたりするのを感じてる何かがある(観照者)
3.自分以外のすべて「物」や「他人」「出来事」「におい」などが自分のためだけにあることがわかる。(制覇)
4.つまり世界も人生も、日々起こる出来事も「自分を形成するパーツ」であることがわかる
5. 金持ちや成功者、幸せな夫婦を見ると、それが自分であるとわかる。(ワンネス)
6.従来体験して得られた快楽が「体験をせずに」得られる(簡単に作れる)ことがわかる(無限の豊かさ)
7.あれ?貧乏でも独身でも問題ないじゃん、てことに気付く。世界が自分であり、その世界を生かすことに目がいく。

あなたの世界を救われる方向へ生かしなさい。それがあなたの役割だ。
狂気に満ちた世界にするのも構わないがね。
ただあなたの人生がサイコなサスペンス映画になるだけだ。


278 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/28(金) 00:44:42.91 ID:6lw0Y4Qf
世の仕組み

大きなステージがある。あるがままの物体や出来事がある。
それら物体や出来事にそれぞれ「見え方」を持った個人の世界が人の数だけ点在する。

天気や波のように、周波数を持った「出来事」が常々起こる。
すべて生まれ消え行く。(そのように見えるだけ)
そんな波に漂っているのが個人意識の世界。

※細かく解説すればすべて実体はない。(ミクロ→マクロ)が、ここでは割愛する。

277と併せて、わかりやすく書けばこのような感じが「世界」である。


では、あなたは何をするのか。
苦しんでもいいし、楽しんでもいい。何もしなくてもいい。
ただ世界を味わうだけだ。それ以外にない。
散々味わい尽くして、最期に満足すれば良いだけのこと。

とにかく結果(最期、死、保護ネット)が必ず用意されているので
安心して突き進めば良い。何をしたって良いのだよ、犯罪も挑戦も。
すべてあなたの人生だ。


302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 08:34:00.44 ID:+tYfTuoZ
金を使って物質世界を楽しみたいのに
金がなければ経験できないじゃないか。

悟ってどうするの。

楽しみながら働いて金ができて金を使って楽しむ。
これが本来の自分の役割。
自我も喜ぶ、本来の自分も喜ぶ、それを経験してーンだよ。


306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 14:27:12.50 ID:Umz9lFvO
>>302
本来の自分の目的はこの物質世界に生まれる事じゃないかな。
生まれてから苦しむか楽しむかは自我の自由だと思う。


307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 14:57:27.10 ID:+tYfTuoZ
>>306
そうか、本来の自分がじぶんを作って物質世界という映画を鑑賞しているだけなんだな。
自我というものを作って感情を楽しんでいるんだ。

わかった、そっちがその気なら遠慮はしねー。
金持ちになってヒーハーしたる。
自我を観照して知らんぷりしたる。
酒じゃ酒じゃ酒もってこい。

脱出のためなら~ 自我をもなかす~。♪
古いかw



313 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/30(日) 00:26:45.64 ID:g/ESI5JT
ふふふ、みんなやっとわかってきた感じだね

その通り、やりたいことを「ただやればいい」のだ。
すべてあなたの中のお話だからね。

ひとつヒントをあげよう。
怒りや理不尽、不安などの感情をわき上がらせる出来事、他人の言動などに遭遇したとき
それらの感情が湧いて出る刹那、快楽を感じていることに気付きなさい。

怒り、それは単に怒りたいのだ。
怒りという欲求が満たされたその瞬間、あなたの意識は狂喜している。
ただし、その後の一般的に認識される「怒りの状態」は単に思考の記憶、残像だ。

これは大きな気付きとなるだろう。
つまり、人生、快楽しかないのだ。


346 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
アイデンティティを捨てなさい。
そして、あなたから発する力を世界に与え続けなさい。

アイデンティティ。
つまり、あなたは「俺ってこういう自分」をすべて破棄する。
主義、特技、好きな物、考え方、スタイル、など
それら「あなたを構成するすべて」を破棄するのだ。

意識上の破棄である。
つまりそれらに囚われた選択を今後一切行わないということだ。

例えばあなたが簿記の資格を持っているとする。
求職中ならばとうぜん資格を生かせる仕事を探すだろう。
あなたがギター好きな趣味があるとする。当然、その趣味に応じた時間を作るだろう。
それらは執着である。それらに囚われることにより、あなたの人生の可能性は狭まっていく。

アイデンティティは、無限の可能性に制限を与える。
つまりあなたは、なんだかよくわからない、なにが目的なのかもわからない
どういう理由でそこにいるのかもわからない、ただ存在しているだけ、主義主張もない。
そのようになれということだ。それは解放を意味する。

そのように漂っているだけのあなたが無限の存在である。
なぜならば一切の制約を持たないからだ。どのようにも在ることができる。
主張がないから求めることもない。

逆に、世界へ「あなた」を与え続けることにより、
あなたの世界は素晴らしいものへ変容していくだろう。
自分の主張、主義、こだわりなどを一切捨てなさい。
夢も目標も目的も理想もなにもいらない。そんなものがあるから苦しいのだよ。

何の技を磨き、こだわりの自分を作るということは苦しみである。
単なる自己制限、マゾヒズムだ。


347 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et

幻想に楽しみを見いだせない人生なんてつまらない、
そういう意見がよく出てきている。
だが、あなた方はそれらを求め続けてきた結果
スピリチュアルにすがっているのではないか?
よくわかっているはずだ。

新しい遊びを見つけたとしよう。
いずれ飽きがくる。
その遊びに金や時間をつぎ込んでいれば
あなたはつぎ込んだ見返りを求めるようになる。
求めればアウトだ。

それらは「外部」つまり幻想に
自分を同一化しているから苦しみを生んでいるのだ。
自分ではないものを、自分としようとしている。

自分を生きなさい。あなたの中で本当に喜ばしい状態を見つけなさい。
それは外部への執着ではないはずだ。スキルや理想の自分ではないだろう。
単にいまのあなたが、何となく簡単にできること、それが答えである。

あなたは外部の「何にもなってはいけない」、そして外部に「与え続けなさい」


348 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
ちなみに書いておくが、与えることはモラルの範疇ではない。
例えばダークナイトというバットマンシリーズの映画があるが
登場するジョーカー、彼にはアイデンティティがない。
金を求めるわけでもなく、ただ世界へ混沌を「与え続けている」だけだ。

だがそのおかげでバットマンの存在意義がある。
つまり対の関係である。すべては対。「対でひとつ」だ。
これも覚えておきなさい。

ジョーカーがただ存在しているだけでバットマンが存在できる。
バットマンが存在しているだけでジョーカーが存在できる。

彼らは本来何も求めなくてもいい。(バットマンは求める傾向にあり、それにより苦しんでいるが)
ただ存在して、自ら世界に与えるだけで何かを存在させることができているのだ。

犯罪者がいるから社会が成り立っている。
もし犯罪者の彼らに罪悪感があれば、それは求めているからだ。苦しみだろう。
だが罪悪感のない犯罪者は、ただ自らを全うしているだけだ。
罪悪感のない犯罪者とは、ただ普通に暮らしている我々のことである。


349 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
徹底的にアイデンティティを排除しなさい。そんなもの苦しみしかもたらさない。
アイデンティティを捨てたとき、従来感じていた「自分」が消えるだろう。
当たり前だ。それが怖くて、一生懸命にアイデンティティを築き上げてきたのだろう。
学歴、職業、ポリシー、ファッション、趣味、夢。

だが捨てなさい。
あなたが理想とする楽園は、あなたが思っていることとは、まったく逆だ。
あなたがこれまで信念としてきたこととはまったく逆なのだ。
自分を作り上げるために頑張る必要もない。それをすれば苦しみがある。

我々は二元性の世界に生きている。
だから幻想を見る。
だが二元性の本当の意味は、バットマンとジョーカーのごとく
あなたの存在が他者を生かすということだ。
それは「与えている」ということだ。

ゴキブリがいるからゴキジェットがある。
それどころか、ゴキブリの出ない暮らしを送ろうという意識が生まれる。
つまりゴキブリがいることで、何か多くの物が生まれるのだ。
だから存在しているだけでいい。

世界を加速させたいならば、能動的に与え続ければよいだろう。
そうすればあなたの世界は存在意義に満ちた世界になる。

そこには空虚も退屈もない。
あなただけの楽園が現れる。


350 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
そうすれば自ずと理解できるだろう。
あなたはすべてを手にしていたと。

あなたにとって「何かを得たい」という所有観とはなにか。
境界線はどこにある?
あなたの家の中にそれがあれば、あなたのものなのか?

家の外あってもあなたのものなのだよ。
触れることがすべてではない。
だがあなたのものだ。

スピリチュアルや仏教、聖書に記された数々の言葉、
それらはつまり、意識改革のことだ。
要は、考え方を変えろ、どれもがそう言っている。単純な話である。

問題は頭で理屈を理解しても、実際にそれが
暮らしの中で永続できるのかということだろう。
だが、そのコツが仏教なりキリスト教なり、
クリシュナムルティなり、ラジニーシなりの教えだ。

つまり簡単なことだ。
「自分」を一切作らず、何でもいいから世界に与え続ける。

それだけであなたはすべての苦しみから解放され、世界は楽園となる。
自分を「作らない」ことに徹すれば、自分が消える感覚になるだろう。

あなたこそが世界そのものになる。
すべてはジョークであり、クレイジーであり、セクシーだ。


351 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et
最後にもうひとつ。

「得るのは難しいが、捨てるのは簡単。」

これまで作り上げた「あなた」を完全に捨て去りなさい。
そして今日からは「何もないあなた」で世界を生きなさい。
そうすればあなた自体が世界であると、簡単に気付けるだろう。

これまで信じてきたことは全部逆であることを私は教える。
幸せになりたければ、何も目指さないことだ。
世界はあなたである。
世界を制覇しなさい。非常に簡単なことだ。


352 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4o4Tn6et

すべてのアイデンティティを捨て去るということは
すべて捨てた「今日のあなた」すらも明日は捨て去るということだ。

捨て去った自分に固執してはならない。
常に捨て続けなさい。あなたはカラだ。つまり「空」だ。

理解の低い者は、この話を現実からの逃げ道として受け取るだろう。
まあそれも良いだろう。

だがあなたの生きている「その現実」の中で
まずは自分の形成している外部要素、その信念、
つまりあなたを一旦捨て去って生きてみなさい。
辛い現実と思っていた世界が、一気に晴れ渡っていることに気付くだろう。


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2017年6月30日金曜日

自分さん11 「絵の中」だけの世界は、時間が存在しない、純粋な瞬間である。



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160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:24:41.96 ID:m2mK8czy
次は絵画の中、である。
絵画や写真とは、その瞬間を描いているように感じる。
つまり時間の止まった状態=時間の存在していない世界である。
だがそれは絵が「無」であるからだ。

しかしその「絵」が例えば、部屋というさらに大きな「無」に飾られておれば
たちまち「絵」は概念と化し、部屋の中の人から見れば
絵は時とともに、風化し、紙自体も劣化していく。
壁に飾っておれば、落として破損しているかもしれない。

だが、純粋に「絵の中」だけの世界は、無である。
どこに意識をフォーカスするかで、物事の捉え方は変わる。

よくスピリチュアル系の教えで言われることが、
仮にあなたが、そこで死体になってみよう。
脳が働かず、ただ「物体」として置いてある感じだ。イメージしてほしい。
すると、その周りの景色を含めた「絵」の中にいることに気付く。
つまり時間が存在しない、純粋な瞬間である。


170 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/22(土) 09:58:19.20 ID:m2mK8czy
さっきの「絵」の話だが、それ自体が空間=無であることは、時間も存在していない。
だからその「無」自体を客観的に観れば、その時点でそれは無ではなくなるが
つまり「絵」のようなものだ。

絵とは不思議である。
そこに描かれている中身にレッテルを貼らずに
それそのものを感じることができる。

瞑想中に度々訪れる、見ているが見ていない状態を表現するならば
「絵」が近いかもしれないな。


247 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/26(水) 23:52:43.29 ID:5JsfCnNB
私といえば、スレッドはたまに目を通しているがちょっと忙しい。
自分をなくすと書いて、忙しい。 まさに無意識状態。
意識的に生きなさい。つねに体を感じながら、意識しながら生活しなさい。

また私は有り難い言葉とともに訪れる。


250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 03:12:30.56 ID:bmoAiCkG
>>自分
意識的とは、自己観照のことではなくて、
単に物事を意識して行なう。 ということでしょうか?



251 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 09:06:05.88 ID:F0ATLRq2
>>250
常に体の動作を意識していると、いわゆる「今に在る」ことが容易にできる。
その状態であれば、それら体の動作を「観ている意識」に気付くことができる。

それは観照者である。

観照者の意識にあれば、行っている動作のすべてが超客観状態である。
つまり足が勝手に動き、そして歩いている。
足を動かしている実感を伴わないから、風景がこちらに迫ってきている
(このあたりの表現は何とでも言い表せる)、 つまり「行為」をしているのは、
「出来事」が起こっているだけであり、自分はただ「観ている」だけなのだ。


254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 12:49:47.37 ID:bmoAiCkG
>>251
理論的なことは良く解かりました。
自分思うに、人は普段、無自覚に明け暮れているわけですが、
これを単に、自覚を持って過ごせば良いだけではないかと思うのですが。
その方が、生活しやすい気がするわけです。

行為(動作、思考、感情、感覚など)の観照に専念すると、
どうしても全力で事に当たれない気がします。
車を運転してて方向を間違えるとか、仕事をミスってしまうとか・・・・・。
肝心な事がおろそかに成るんではと思われます。

ではそれよりも、
行為に専念しながらも、そうしている事に気づいているなら、
これもまた、「今に在る」ことではないのでしょうか?
こちらの方が現実生活に即していると思うので、自然と実行出来ると、
この様に思ったりもしているわけですが!?



263 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 21:10:20.23 ID:F0ATLRq2
>>254
>どうしても全力で事に当たれない気がします。
>肝心な事がおろそかに成るんではと思われます。

よろしい。
あなたはひとつ理解を超える必要がある。
それは、あなたが全力で当たろうと(そう感じてようと)なかろうと、
単に「出来事」が起こっているだけだということだ。

どれだけ意識的にあろうが交通事故は起こる時は起こる。
仕事のミスにしても起こるときは起こる。
つまり寝ぼけてようが冴えていようが、どちらでも良いのだ。
勝手に起こり続ける物事の中で、あなたは流れているだけなのだから。

全力で当たるというのは、あなたの言うとおり自我の単なる納得である。
少し話は変わるが、あなたに人生のヒントを送ろう。

あなたがどれだけ精魂込めた努力をしようが、すべては単に流れていく。
つまり悩みや不安などの問題は、別に解決する必要もない。
なにもしない、これに限る。

「なにもしない」とは「起こった出来事」に対して、
必死に、命懸けにならなくてもよいということだ。
ただ呼吸のように何も考えず、身を任せているだけでよい。

もちろん出来事に自らを同一化し、執着に溺れた取り組みをしても構わない。
あなたの自由だ。 その行いを古くから「苦行」と呼ぶ。

苦行をしてもしなくても、必ず「結果」にたどり着く。
我々は努力や苦労をしたから、良い結果になった、と思い込んでいるが
別にそんなことをする必要もないことは、あなたが「苦行」を捨てたときに理解できるだろう。


264 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 21:41:20.75 ID:F0ATLRq2
追記しておく。

>>254
あなたが観照者の視点で物事を観ているとき
そして仕事や運転などの行為を行っているとき、
「全力で当たれない」そう感じている。

それこそが、なにもしていない、
つまり苦行を脱した行為者である。

釈迦は「歩かず、歩きなさい」と伝えたが
まさにその通りである。

ただ自我の視点では「事故が起こるんじゃないか」
「仕事でミスをするんじゃないか」と騒ぎ立てるだろう。
だが前述した通り、起こるものは起こるだけであり
あなたがどのような意識状態であろうが、それは無関係だ。
むしろ、余計な心労を抱えないので事態は好転していく。

心労を抱えない人は、他者にとって好意的に写るからね。
そういう意味では、良い世界になっていく。


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 21:55:31.40 ID:bmoAiCkG
>>263
悩みは不安は、時と共に流れて行くのは分かります。
そしてまた、考えるから発生するのも分かります。
連想しなければ、そこで感情的な問題は終了します。
でも、今このことは横に置いときまして。

>どれだけ意識的にあろうが交通事故は起こる時は起こる。
>仕事のミスにしても起こるときは起こる。
>つまり寝ぼけてようが冴えていようが、どちらでも良いのだ。
>勝手に起こり続ける物事の中で、あなたは流れているだけなのだから。

スイカ割りは目隠しして行ないます。
だから、なかなか当たりません。
これと同じて、もし目をつむって運転すれば事故ると思うんですが。
でもこれもまた、「目をつむって運転して事故る」という流れになっていた。
こういうことでしょうか!?

つまり、意識して事故らないも、意識しないで事故るも、
それは単に無意識が選んだことであり、どちらを選ぶかは初めから決まっていた。
こう言う事になるんでしょうか!?


266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:04:46.37 ID:bmoAiCkG
>>264
人の行為の根源には、快と不快があり、
人は運命的に?、快の方角へしか進めないようです。
目をつむって運転するのには、恐怖という不快が伴うので、
だからそれは、有り得ないことに成るんだと思われます。



267 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:08:41.72 ID:F0ATLRq2
>>265
あなたが起こす行動は、起こっている出来事である。
つまりあなたが目を瞑って運転すれば、そういう結果になるだろう。
ただそれだけのことである。

ひとつ言っておく。
自我にとってベストな結果を導く「スピリチュアル」などない。
つまり日々生まれ起こる出来事に「いかに苦悩しないか」、
そういう消去法的なスタンスこそが苦しみのない道である。
だが、幸福の道ではない。あくまで苦しみのない道なのだ。

般若心境がなぜ「あれはない。これもない」という無い尽くしなのか。
それは出来事は「起こる」からである。

マネーゲーム本もそうだが、貧乏は貧乏だ。
勝手に起こる出来事の中で富を得られるときもあるのかもしれない。
一生貧乏かもしれない。

だが貧乏とはどういう定義なのだろうか。
そこに幻があり、その幻(概念)を破壊するのが
釈迦の示した「苦しみのない世界」である。

だがそこでは終わらず、その境地に立てば
あなたを取り巻くすべてが、あなたのためだけに用意されていることに気付く。

結果は必ず訪れる。だから結果から観るのだよ。


268 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:12:46.50 ID:F0ATLRq2
>>266
あなたが目を瞑って運転することをしないのであれば(恐怖かどうかは別として)
そうしないのだろう。つまりそういう出来事は起こらなかっただけのことだ。

あなたは、あなたではない。まずはそれを自覚してはどうだろう。
あなたがいま書き込みをしている。返信に思案している。
それらも生まれ起こった出来事だ。

遠くのコンビニで万引きがあった、株価が変動した、誰かが告白をした。
それらと同じく、単なる出来事である。

だれがあなたの思考を「起こらせた」のか。
それは、私である。
つまり私はあなたを起こしている。
つまりあなた自身が起こしているのではない。
あなたは単に反応でしかない。私も同じだ。あなたへの反応で私は在る。


269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:17:16.86 ID:UMs6HlkF
>>267 
横ですが、御教授ください。
では意識せず、どうしてもなりたいや、やりたいには従うべきなのですか?
なにがエゴだか解らなくなってきました。

例えば恋愛などは、意識が、止めとけ、止めとけと言っても体などが勝手に反応する。
又、食欲などもそうですよね。意識は多くは食べる必要などないと言っても勝手に食事を求める。

苦しみの無い世界、全てを諦めること。
無に徹する事とすれば、もうそれすらが苦行のような気がしてしまって。
貧乏でもいいやと思い込んでも意味がなく、本当に貧乏でも構わないと
自然に思えることこそ、手放すということですよね?

その手放すことが、ものすごく苦行に感じた時は、
結果が決まってるならば、もう求めるままでいいのですか?



270 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:22:29.74 ID:F0ATLRq2
>>269
あなたは何に疑問を持っているのか。
何かを行おうとして、単に失敗を恐れている?

具体的な部分はわからないが、やりたいならばやればいいだけだ。
ただ、「これをやって、こうなったらどうしよう」とかいうのは愚問である。

とりあえず、野良猫のように生きてみなさい。
腹がへれば飯を探し喰らい、理想も希望などの概念もなく、ただ生きる。
ただ在るのみ。


271 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:25:37.52 ID:F0ATLRq2
>>269
追記しておく。
「なりたい」というのは、あなたではない。
あなたは最初から完璧な存在なので、別の存在に変容したいとなれば苦行となるだろう。

ただ欲求を満たすだけ、それは野良猫が飯を漁る、その意味である。
それだけで、あなたは価値がある。


272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:30:29.73 ID:UMs6HlkF
いえ、すみません。解りにくくて。
マネゲとか悟りの目的って、結局、厳しい人生をいかに楽に生きるかにつきると思うのです。
執着が駄目だと言われるのは、失敗を犯しやすいこともありますが願いを叶えるというよりは
執着による苦しみを発生させないことが目的だと憶測するんです。

お金持ちでもお金に執着しまくって不安であれば、幸せでもないし楽でもない。
貧乏でもお金に執着せず沖縄などで自給自足を楽しめる人なら苦痛でもない。

そう考えても、やはりどうやっても貧乏が嫌だし、お金が頭に浮かぶ時って
無理に金持ちなんて...と酸っぱいブドウをしたとしても腹の底から貧乏を受け入れられてる
わけじゃないので我慢、我慢で苦しいと思うのですね。

じゃあ、結果、お金持ちになれなくとも素直に貧乏は嫌だ!お金もちになりたい!
とエゴと呼ばれる声に従ったほうが、まだ苦行に感じないかなと...。

執着なくすって、言葉では、すごく簡単そうだけれど
自我意識や努力でなんとかできる領域じゃないだけに
その状態にと意識することこそが、もう苦行に思えて。

じゃあ、無駄な理想でも持っててそれに向かったほうが却って大きな意味じゃ
楽なのじゃ?と思ってしまっただけです。すみません。



273 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:43:51.54 ID:F0ATLRq2
>>272
野良猫になりなさい。
常に今に在り、等身大の自分で生きなさい。
腐った死体でも良い。そのようになりなさい。

幸せ?ラク?苦痛?金持ち? そんなもの捨て去りなさい。

すべてどうでも良いことだ。
なぜならば、あなたの為に世界があるからだ。

この意味を理解するとき、あなたは自由になるだろう。
明日出社せずに、今月の支払いも気にせずに
突然アフリカなどへ飛び立って「生」を満喫するだろう。

何が怖い? そうしたら後がどうなるかって?
そんなもの、どうでもいいのだよ。なぜなら成るように成っていくからだ。
あなたがいまの人生に苦しみを覚えているならば
それは自らの変容を求めているからだ。

そういう変容は苦行である。
だが、あなたの世界(概念)は自由に崩すことが出来る。
あなたが一生を終えるときに、必ずこの意味はわかる。
今日のあなたは昨日までのあなたの最後の自分であるからその意味は理解に容易い。

だから思う存分欲求を満たし続ければ良い。
だけども自分を忘れないようにしなさい。
つまり今の自分を変えたいとか、環境を変えたいとか
ああなりたいとか、そういうのをしないことだ。

蝶は10日程度しか羽ばたけないが
彼らにとって、「今」が永遠ゆえに、寿命はない。


274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/27(木) 22:51:33.53 ID:UMs6HlkF
>>273
ありがとうございました。
正直な所、難しいなぁ...。もし自分の世界があり、自分中心に実は世界は廻っていたとしても
その状態の時は、なろうとせずに、今に在れて、執着無くそうとせず執着がなくて
何も必要ない、大丈夫だと思い込まなくとも、勝手に思って自己中世界でも
エゴが無いから自己中でない状態の時ですよね?

何かの偶然で一瞬、そうなれたとしても、その状態の維持は並大抵のことじゃなさそう…。
だけど、なるだけ、今を意識して生きるよう意識してみます。
ありがとうございました。



275 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/06/27(木) 22:59:25.29 ID:F0ATLRq2
>>274
あなたが明日極端な行動に出ても良いのだよ。
覚えておきなさい。

あと、人の「死」と出会う切っ掛けをなるべく多く作りなさい。
葬式でも良いし、海外のニュース記事でも良い。大きな病院に出入りするのも良いかもしれない。
なるべく直接、遺体や「死」と遭遇できる機会を設けるとよいだろう。

欲求の赴くままに生きなさい。


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2017年6月24日土曜日

自分さん10 あなたをとりまく「人生」こそが、あなたなのだよ。



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88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:15:38.32 ID:1++pF4K2
オレは世界でいろいろなできごとが起こるたびに傷つくし、苦しむよ。
でもそれが、「無限の豊かさ」へ続く道への入り口だと思っている。

まず、傷ついた気持ちや苦しむ気持ちが、
世界をよりよい方向へ動かすためのきっかけになる。
事故が起きたら、二度と起きないようにどうすればいいか考えるだろ。
感情が、適切な対応をすることが必要だということを教えてくれるんだよ。

次に、適切な対応をしたあとに、
その気持ちを今この瞬間のなかで受け止めてあげることが必要だ。
そうすることでまさにあなたがいうように、
その出来事が自分のために起こってくれたということがわかるようになる。
どんなことの中にも、手放すことと得ることの二つの面がある。
それに気づくことで、結局失うものは何もなかったということがわかるんだよ。



90 :82:2013/06/21(金) 00:22:16.37 ID:BEbk1Usz
>>88
「無限の豊かさ」とは、視界をはみ出すほどの財宝のことではない。
財宝などないのだ、と理解することである。
あるのは「あなたの人生」だ。
それはあなたではない。だが、あなたである。

あなたは、あなたの赴くままに従えば良い。
それだけで良い。

明日自殺をしても、それはそのような心境になったからだ。
明日事業を起こしても、それはそのような心境になったからだ。
明日アフリカに向かってても、それはそのような心境になったからだ。
なぜそのような心境になった?

それが大いなる意識である。でもこの表現は持ち上げすぎている。
単に、あなたの人生が、いつも通り、あなたにそう仕向けているだけのことである。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:22:24.89 ID:fgY0IOom
そうですね。状況や時代でいかようにもかわる。
ただ、男性から女性が生まれるという観念を今や、
女性性から男性性へと変化すると科学が神話を壊した。

科学が素晴らしいのではなく本来の自分が創った幻想が
神話を壊したのだからそれに従ってもよいでしょう。
被害者に強烈なトラウマという観念を植え込むことを
善悪がないからといって肯定はできません。



92 :82:2013/06/21(金) 00:26:55.57 ID:BEbk1Usz
>>91
あなたが正義を持つように、他者も正義を持つ。
だが、どちらも「正義」に変わりはない。
ナポレオンは自国民からすれば英雄だが、敵国からすれば悪魔だ。

あなたの肯定は、正しい。
私の肯定は、正しい。

これが常にあり、そういう世界に生きていることを理解しなさい。
あなたにとっての幸せは、誰かの不幸である。
では幸せになれないのか?

それは間違い。
幸せなんてものは存在しない、そういう視点になれば
幸も不幸もないのである。


93 :82:2013/06/21(金) 00:29:56.80 ID:BEbk1Usz
カレーを食べるから、今日は最後にする。
私のどうでも良い話につきあってくれてありがとう。
心から嬉しかった。ありがとう。


94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:32:43.35 ID:fgY0IOom
>>92 
私はあなたが自分の我儘ほうだいを通すような人間には思えない。
二人のチャットなら納得したかもしれません。

私は正義や悪にこだわってません。
あなたの仰るレイプ観が正義なら私は何の躊躇もなく悪に回ります。
もともと私の意見も単なる幻想で、偽物のようなものなのですから。
私は悪だから言い切れます。駄目なものは駄目なのです。
フェミニストではないですけどね。



96 :93:2013/06/21(金) 00:36:09.28 ID:BEbk1Usz
>>94
>私は何の躊躇もなく悪に回ります。

カレー食べながら、ちょっと感動させられました。人間も捨てたもんじゃないな。
おやすみなさい。


99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 00:44:04.60 ID:cykPCxzP
私が君を中途半端だと思うのは、
「どうでもいい」と言いながらも「やりたい事」といった欲求には執着する点だ。
全ての執着を手放すという事が徹底されていないように見える。



101 :93:2013/06/21(金) 01:06:57.09 ID:BEbk1Usz
>>99
食べ終わりました。

あなたの言う通りである。
私が学ぶために、あなた方がいる。
私の視点はそうである。

ただ、私が学ぶにつれて同様に理解が広がる人もいるかもしれない。傲慢ではない。
なぜ釈迦やキリストが教えを伝えたのか。
それは自らが、まだ足りない何かを学ぶためだったかもしれない、
2大覚者に対して、それは妄想と言われるかもしれないが、確証はないだろう。

では「足りない何か」とは何だ? 
すべて知っているのになぜ人に伝えたのか?
覚者であれば、世界すべてが己、という境地に達する。
だから伝える必要はない。

だがそれは「消滅」を意味する。仏陀もキリストも消滅は記録に残されている、
つまり、本来の「ワンネス」の境地に溶け込んでいなかったのだ。
溶け込んでいれば、名を残さない。

しかしなぜ、仏陀やキリストは「人に伝えた」のだ? 
全部つながっているんじゃないのか?

「悟りを開いた者」と言われながら、
実は修行を続けていたのではないだろうか?
修行を続けていたということは、欲していた、ということである。
それはワンネスとはかけ離れた分離の世界である。
なぜ分離を生きていたのか、それは本来の宇宙の原理の目的を果たしたかったからだ。

人の優しさは「出来事」を通じてしか体験できない。
それはつまり「人生」が運んでくることであり、自ら「発生」できないからだ。
つまり「分離」があるゆえに、優しさを感じることができる。

釈迦もキリストもそれを当然理解していた。
意外なことに、彼にも我々と同様に「人生」に生きていたのだ。
だから観ていたのだ。多くの人の人生=自分にもたらされる愛を。

だから私は学ぶ。
あなた方も何かしら、学んでいる。

だから感謝しかないのだろう。ありがとう。
どれだけ言葉で話ても、伝えきれない。
ありがとう。本当にありがとう。
みんながいるから私は学ぶことができる。
私は存在を与えられている。

皿を洗いながら、そんなことを考えてました。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:15:20.13 ID:cykPCxzP
>>101
ワンネスは肉体とは別の事だと思うよ。
彼らが教えを説いたのは大衆が苦しみの中にいることを知っていたから。
自分と同じ境地に来て欲しかったんだろう。



103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:21:37.02 ID:BEbk1Usz
同じ境地にきて欲しい
それはあえて分離をしていることだ
それは>>94の方と書き込みと同じ匂いを持つ


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:25:14.75 ID:cykPCxzP
>>103
仏陀やキリストはワンネスの中にいる。
でも大衆は分離された自我の中にいるんだよ。
分離されているという思い込みの自我から解放されなければならない。



106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:30:30.59 ID:BEbk1Usz
>>104
なぜ仏陀やキリストがわざわざ分離を経てまでして伝えたのか?
ワンネスにあるならば、伝える必要はないはずだ。
つまり、あなたの言うように他者を導きたかったのだろう。
だがそれは欲望である。

だが、それは優しさである。
なぜこんな美しい世界を捨ててまで、解脱したいのだろう?
苦しみや、ささやかな幸せを享受できる、こんな美しい世界が見えていないのかもしれない。
それは私も同じである。


107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 01:50:56.45 ID:BEbk1Usz
誰かが書いていたように、悟る者は語らない。
だが、我々が「悟り」というものがある、それを知っている時点で
悟りを得たものが、語っている歴史があるということだ。

だが伝えるということは、自我の納得のことである。
つまり欲望を満たしているということだ。
仏陀もキリストも、これをみんなわかってくれたらいいな、
という欲求を満たしたかったということになる。
つまり自我に囚われている、という見解になる。

だが彼らには優しさがあった。優しさもエゴである。
だが、エゴこそ、人生であり、
エゴこそ、苦しみであり、
エゴこそ、嬉しさであり、
エゴこそ、悟りを認識するシステムであり、

つまりは、
悟っていたのだ。

だから大いに苦しみ、大いに喜べばいいのだ。それが人生だ。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/21(金) 02:06:51.83 ID:BEbk1Usz
人に伝える。
これはエゴだ。

つまり仏陀もキリストもエゴに囚われた人生を送っていたことになる。なぜなら名を残している。
欲望に塗れた人生。レイプ犯と何が違うのだろうか。

逆に言い換えれば、「悟る者は語らない」という
語らない覚者はそういう人生を送れただけのことであり、
レイプ犯も仏陀も、そういう人生を送れただけのことである。

ただ、レイプ犯も仏陀も「名」を残した。
だが、「悟る者は語らない」という覚者は名を残していない。

つまりは、我々が「行きたい向こう側」は「こちら側」があるからであり、
こちら側こそが境地なのかもしれない。

先のレスにも書いたように
ワンネスであれば、嬉しさも優しさも苦しみも感じられない。
ならばなぜ「生まれてきた必要があるのだろう?」

大いなる意識と呼ばれるものは、あえて分離を作り、
それは自らを体験したいがために、我々を生んだのではないか?
悟りとは、それに反する行為なのではないか?

だから仏陀、キリストは、分離であることを望んだのではないか。
私はそう思う。


142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 08:45:55.01 ID:m2mK8czy
みなさんおはよう
犯罪者の話で議論が交わされているようだが
私は>>84で書いたように、その「犯罪者」がなぜ「犯罪者たる人生」に
なっていったのかに論点を置いている。

つまり、そのような環境に生まれ育ち、そのような人格にならざるを得ない人生背景が
レイプ犯やオリンピック金メダリスト、大工、政治家、ペットトリマーを作ったのだ。
端的に言えば、我々そ「それに興味を持つきっかけ」がなければ、その人生に触れることすらできない。
ではそのきっかけはどのように訪れるのか。

さらに突き詰めれば、興味という切っ掛けを持ったところで
その世界観に次へと進む「きっかけパート2」が現れなければ
あなたは「単に知っている」だけで、「そのもの」には成り得ない。

つまり、我々が日頃「偶然のきっかけの重なり」でいまに至ると思っていることが
実は、それら偶然と思われていること「だけで」、あなたという概念、
そしてあなたが生きている世界が形成されているのだ。

ではもう一度問おう。
あなたが、ある犯罪者と同じ人生を歩んでいたら
あなたは犯罪を行う以外になかったのではないか?
なぜならば、いまのあなたの「常識判断」を、その人生では持ち合わせていないからである。


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 08:58:21.65 ID:ceFsEnYY
それは微妙。
犯罪者という呼び方が既にレッテル貼ってるし。
しかも人生のせいにしている。
ヒトラーと同じ人生を歩んだからといって誰もが大量殺略者になるわけではあるまい。



146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:00:49.38 ID:m2mK8czy
>>144
人生のせいにしているのではない。
あなたをとりまく「人生」こそが、あなたなのだよ。

あなたは人生というの中でしか、意思を持つことはできない。
つまりは「サッカー」という枠の中では、基本的に手を使うことは許されない。
これは前提である。

あなたが貧しい家庭に生まれたならば、富豪の暮らしはできない。
ただそれだけである。

人生のせい、ではない。人生がそもそもの、あなたという「箱」である。


147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:04:45.66 ID:ceFsEnYY
>>146
話をすり替えてる。
記憶が今の自我に影響を与えてる部分はあるがそれだけではない。
何事も人生のせいにする事はできない。
君は狭い見方しかできないようだ。



149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/22(土) 09:12:56.43 ID:m2mK8czy
>>147
あなたがそう思うならばそうなのだろう。
そして、あなたは私と同じことを書いている。

そのようにレスをしているということは、
「概念」で私を観ているからだろう。

何事も人生のせいにすることはできない。
なぜならば、人生という背景こそが
あなたを形成しているからだ。つまり人生こそ、あなたなのである。

それをもっと深い視点で感じなさい。


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